|
Entry
Calendar
Entry
Profile
Link
Comment
Trackback
Feed
|
巡礼の終り・カニャクマリ 3
2010.06.04 Friday
カニャクマリのもうひとつの観光ポイントはヴィヴェーカーナンダ岩。 ![]() 1890年夏、「インドの広大さに飲み込まれるため」彼は放浪僧として旅に出る。 ヒマラヤからカニャクマリまで―――−約3年間の間、 様々な人々、様々な階級の暮らしと接することになる。 放浪の旅の終りに、このカニャクマリに到着する。 海を眺めていると、磁石で吸い寄せられるかのように沖合いの岩へ行きたくなる。 「行かねばならぬ」、、、そう感じても放浪僧として無一文の彼には ボートを雇うお金さえも持っていなかった。 そこで彼は、、、、海に飛び込んで泳いで岩にたどり着いちゃったのである。 2日間、その岩で瞑想をする。 そして、母国インドのために自分がなすべきこと、、、、 彼は決心する、母国のために、人々のために師であるラーマクリシュナから 受け継いできたインドの「宝」を分かち、与えるということを。 1893年、彼はボンベイの港から シカゴ宗教会議に出席するためアメリカへと渡ることになった。 そのヴィヴェーカーナンダ岩の後ろからは朝日が昇る。 今では20ルピー(約40円)で、船で岩までたどり着ける。 この街のちょっと清潔そうなレストランで15ルピーでコーヒーが飲めちゃう額。 そんな額のお金も持ち合わせず、旅をしていたなんて。 この岩(小さな島と言った感じ)の建物の中に、 瞑想部屋があって、誰でもしっとりと瞑想をすることができます。 何年も前からカニャクマリに行きたい、そして観光がてらではなくて この国の聖地の空気に触れてみたい、、、、そう思っていた私。 なので、今回の旅のゴールはカニャクマリ、と決めていた。 旅の途中で読んだ本の中で初めてヴィヴェーカーナンダの放浪の旅の 終着点がカニャクマリだったことを知る。 本当に、、、この骨抜きにされるようなゆるい空気の聖地は ある意味、ゴールにふさわしい。、、、、、来てみて実感。 私もヒマラヤからカニャクマリまでトボトボと移動を繰り返してきた。 ![]() 旅に出ても「数箇所滞在型」な私にしてみれば驚異の移動距離。 カニャクマリ滞在中、ずっとアクアブルーの中にたたずむ夢を見てきた。 その中に入ってみないと、自分自身を知ることはできませんよ、というみたいに。 カニャクマリの海、決してアクアブルーではないのだけど。 とにもかくにも。 これで巡礼はおしまい。 太陽は昇り、沈む。 日本の生活の中、そんな光景を目にする余裕さえもなかった私。 毎日、インド人巡礼者たちと、当たり前のようで実は奇跡のような その光景を前に祈りを捧げる日々。 新しい一日が生まれることは本当に有難いことだな、と実感。 巡礼の旅の、終りにふさわしい聖地だった。 ![]() have you seen the blue ? 巡礼の終り・カニャクマリ 2
2010.06.01 Tuesday
さぁ、聖地なんだから、沐浴をしよう。 ![]() 遺跡のようなガートを降りて、沐浴。 早朝、ご来光を拝んでからの沐浴なんだけど、ここは南国。 気温も高いし、水もぬるい。 ![]() 沐浴と言ってもここは海なので、結局泳いじゃう。 ハルドワールの、身を切るような沐浴と比べれば楽勝。 どこまでも水平線が延びるこの場所で今回2度目の沐浴は終了。 ずぶぬれ姿のままガートから上がってきてチャイを飲む。 潮風がなんとも心地よい。 こんなところ、外国人なんて来ないだろう、、、と思っていたら いつもの海岸沿いで一人旅の大和ナデシコ、4人と遭遇する。 元々、旅していてもあまり日本人旅人と縁のない私なんだけど、 こんな外国人受けしない聖地で、元々少ない女一人旅人に4人も 遭遇しちゃうなんて、本当に珍しい。 そのうちのひとりは、平成生まれのバックパッカー。 おばさん、びっくりです。 オンナってすごいな。こんな所まで来て。私を含めて。 この聖地での観光ポイントは、デヴィ・クマリ寺院。 そう、ネパールでは、「クマリの館」があって、本当に幼い少女を クマリ女神として崇めている。 初潮が始まった時点で、次のクマリにバトンタッチ。 国王でさえも、このクマリの前で額ずいていたそうで。 そのクマリを祭る寺院。 マハトマ・ガンジー記念館もある。南インドの英雄。 大した展示物はなく、写真とその説明のキャプションがある。 白人のお兄さんが、ガイドをつけて、展示物を見て廻っていた。 ガイドさんが、「写真を取ってあげる」と言ってカメラを持って後ろに下がる。 ホールの中央には、四角い小さな壇のようなものがあるのだけど、 その白人のお兄さん、写真を撮ってもらうため、その壇の上に登ろうと したところ、ガイドさんに慌てて止められていた。 その壇とは、、、、、 ガンジーの遺骨をこの海に流すために、 一時的に遺骨を安置していた、 とっても、とってもホーリーな建造物なんである。 一緒にそれを見ていた大和ナデシコたち、大爆笑。 なんとかは、高い所に登るって言うし!! おもしろい、あの白人さん。 何も知らないって言っても、ホールのど真ん中にある建造物なんだから、 何かしら大事なものだって、わかるだろう、普通。空気を読め、空気を。 ガイドさん、びっくり仰天。 まさに、インド人もびっくりなんである。 そうでなくとも外国人が少ないこの土地で、 外人である大和ナデシコたちが、ガンジー記念館のフロアーで ダラダラしていると、目立つ目立つ。 インド人観光客から「写真撮らせて」とか「一緒に写真を、、」と声が掛かる。 平成生まれのナデシコは日本を出国して数日で元々もっちり色白なもんだから アイドル並みにお声が掛かる。 「写真を撮らせて、、、、」と声を掛けてきたインド青年たちに 浪速ナデシコが「バクシーシ!(意訳:金よこせ)」と 一発軽いジャブを入れる。 これ北インドじゃ軽〜いコミュニケーションのひとつで 「バクシーシか!ハハハ」と、その後の会話がはずむ。 でもここは、南インド。 「バクシーシ」と外人から言われてしまった青年たちは、 怯えた顔で一言、「WHY?」 完全にびびっちゃってます。 その後も何度か建物内ですれ違ったのだけど、 完全に視線を逸らして、コソコソと通りすぎていく、、、、、 ピュアでイノセントな南インド人には、このジョークとも言えないジョークさえ通じない。 浪速のナデシコよ、ここは南だ。北の薄ら汚れた腹をした人種とは違うのだ。 レストランに入っても、小汚い定食屋に入ってもベジタリアン料理が美味しい。 人々はいたって穏やか。 たまに、なんだか高圧的なインド人だな、と思えば それはヒンディー語を話す北インドからの観光客。 この聖地で完全に骨抜きにされた私は、 ただただ海を眺め、太陽が昇り、沈むのを日々眺める。 巡礼の終り・カニャクマリ 1
2010.05.31 Monday
![]() インド亜大陸の地の果て。 ベンガル湾、アラビア海、インド洋がこの地で出会う。 海から日が昇り、海へと沈む。 インドのいたるところに聖地がある。 厳格な雰囲気を醸し出す聖地。 バラナシのように「なんでもあり」的な聖地。 穏やかでシャンティな雰囲気の聖地。 ここカニャクマリは、、、、力という力が全て抜けていく脱力系聖地。 日本からインドに入ってある種のこばわりが消える。 南インドのゆるさに更に力が抜ける。 もう、抜ける力なんてないのでは??と思っていたけど まだ抜ける力があった。最後のちからが、力みが消える土地。 最後の最後の力みが抜けちゃうと人間って 自分の外側にあるなにかに全てをゆだねちゃうようになるんだな、 ってことを実感しちゃう、そんな聖地。 ![]() 千年むかしから変わってないな、この土地。 開発とかリノベーションとかそんなもとは無縁な聖地。 ただ、そこに存在すること。 この聖地はそんなことを教えてくれているような気がする。 ![]() 朝、晩とインド人に混じって海岸で朝日を拝み、 海に沈む圧倒的な太陽とその魔法のようなムードを体感する。 ![]() 真っ赤に染まる空と海が本当に美しかった。 聖地巡礼 プリー・ジャガンナート
2010.05.04 Tuesday
![]() 異教徒は入れない、ジャガンナート寺院 インド亜大陸の四隅に結界のように、それぞれヴィシュヌ神を祭る寺院があり、もちろん聖地。 東はオリッサ州のプリーにあるジャガンナート寺院。 実は「絶対にここに行こう!」と予定していたわけではなかった。 寺院の中に入れないのに、一晩夜行列車に揺られるのもなんだかな、、、、 ただ、今までインドで海を見たことがない私はそれを見てみたかった。 そしてプリーは「なんにもなくて、いい所」と昔からウワサに聞いていたし。 東ベンガル地方最大の聖地。それでは行ってみよう、、、、と。 向かいの図書館で10ルピーほどドネーションをして屋上から ジャガンナート寺院を見る。 すごい、大きなお寺だな。人々がお寺に吸い込まれていく。 「大きなお寺だな」、、、、それだけで終わってしまう私。 どうやらヴィシュヌ神より、シヴァ神に縁があるのではないか、私。 破壊の神さま、シヴァ。さて、私は何を破壊しようとしているのだろう? さて、このプリーという小さな漁村には昔から有名な「サンタナ」という宿がある。 遠い昔、トルコで、エジプトでこの宿のウワサは聞いたことがある。 とにかくプリンが美味しい、完全なる沈没すべし宿で、バリバリ日本人宿。 「一度くらい、行ってみるといいよ」と旅トモダチに勧められて。 行ってみると、、、、嗚呼、本当に沈没せざるおえない宿だ。 ある意味、危険だ。 宿代1泊140ルピー(280円)なり。 この料金は朝晩2回のチャイ、朝晩の食事込み。 2000冊以上の日本語の本や漫画がある。 ジュースや水、ビールも建物内で購入できるし、 エアチケット、列車のチケットもオーナーに頼めば入手できる。 麻雀卓まであるよ、、、、 日本語の本、雀卓。そして日本食(っぽもの)これがあったら、 間違いなく典型的な沈没系・日本人宿でしょう。 チェンナイ行きのチケットがなかなか取れなくて結局私は 5日ほどこの沈没宿に宿泊することになる。 、、、、、で、外出するのはタバコを買いに行くだけ、1日1回、、、、、 見事なほど沈没してしまったのです。 日本人宿なので100パーセント日本語だけで成立するし、 日本人しか宿泊していないのです。 最後に日本人宿に泊ったのはいつのことだ?? あまりにも昔すぎて覚えていないぞ、私。 朝8時になると、部屋までモーニング・チャイを運んでくれる。 しばらくすると朝食が運ばれる。 外出する人はそのあと外出。 で、宿でダラダラしている客には、お昼近くになると ランチのオーダーを聞きにきてくれる。もちろん食事は部屋まで運んできてくれる。 夕方のチャイが部屋まで運ばれ、夕ご飯のオーダーを取ってくれる。 夕ご飯のみ、1階の食堂でみんなで食べる、、、、 ある意味天国。 無期限の放浪の旅をしてるなら、本当にたまらん宿。 ![]() 朝、ドアがコンコン鳴るのでモーニングチャイかと思ったら、犬。 ビスケットをあげたら、味をシメテ毎日私の部屋にやってくる。 宿泊者に鍼灸師の人がいて、この犬に鍼治療をしてた。 気持ち良過ぎたのか、治療中にウンコもらした、脱糞犬。 、、、、心地良いと言ってしまえば心地良い宿なんだけど、 どーにも落ち着かない私。 旅の疲れも出てきていたし、しばらくゆっくりしてていいのだ、私。 夜行列車で寝違えて首が痛いので、休んでいていいのだ、私。 これからもっと暑い南に行くんだから、しばし英気を養え、私。 自分にそう言い聞かせてみても、やっぱりだめ。心・ソワソワ。 「どーしてなのさ」 自分自身に訊ねてみると、答えはあっさり。 そーなんだ。この旅、ずーと様々なお寺に行って毎日みっちり瞑想し、 信仰深い人々、修行僧、サドゥ、に囲まれていた私は ここにきて「行くべきお寺」「瞑想する場所」が見つからなくて落ち着かないんだ。 瞑想だったらどこででもできるわけなんだけど、 「ある種のムード」が漂う場所に身を置くことをしてなくてソワソワ。 ふと、ベッドの上に目をやると、バラナシのアーナンダマイマーのアシュラムで 購入した写真の袋に「プリー・アーナンダマイマーアシュラム」と印刷してあるではないか。 プリーにもアシュラムがあるんだ!!早速アシュラムに電話を入れてアポイントメントを取る。 「今日の夕方、6時過ぎに来て下さい」と。 火葬場の近くにある、小さな小さななアシュラム。 ハルドワールやバラナシのそれとは全然違ってこじんまりとしている。 僧侶の方が一人、在住しているらしい。 祭壇の前で額ずき、しばし瞑想。そうだ、このムードだ。 そのうち、プジャリーと僧侶の人がやってきて夕方の礼拝がはじまる。 とくに「出ていって」と言われないのでそのまま礼拝に参加する。 アーナンダマイマーが最後にこのプリーを訪れたのは70年代。 祭壇の設置されている、この部屋にお泊りになったそうな。 礼拝が終わり、僧侶の方がそんな話をしてくれる。 私がアーナンダマイマーに惹かれるのは、 男性聖人の多いインドで数少ない女性、、、私と同じ女性の聖人であったこと。 女性の身分の低い、それも現在よりもっと女性の自由がなかった時代に 多くの老若男女が彼女の足元に額ずいたこと。 そして、彼女は生涯グル(先生)を持たず悟りを得たこと。 とても興味深い存在だった。 そしてバラナシのアシュラムを訪れたとき、 私はそこでなんとも形容しがたいエナジーに包まれ、 自分の内側にある、今まで眠っていた「感情のようななにか」が 一気に外側に吐き出された。 今だから言えることだけど、バラナシのアシュラムの祭壇の前で 私は一時間近く、泣いていた。嗚咽というのはこのことだ、と思えるくらい、 声を上げて泣いていた。親が死んだときだってこんなに泣くことはなかった。 境内には僧侶の人や修行者がたくさんいたのだけど、 声を上げて泣いている私になにも言わずそのままにしてくれていることがありがたかった。 もしかしたら、そんな風に声を上げて祭壇の前で過ごす時間を、 ここにいる人たちは経験済みなのかもしれない。 礼拝が終わり、僧侶の方にお布施を渡し、アシュラムを後にする。 気がつくと数日痛みと戦っていた寝違いの首がすっかり治っている。 首が、ちっとも痛くない。肩も軽い。 そして体の中心がしっかりと取れているような安定感が心地よく私を支配する。 私にとっての心地よさは、すでに物質的なものではなく、 心に染みてくる、見えないなにかなんだな、と痛感する。 それは、肉体的な痛みさえも取り除いてくれる。 そしてそれは、どこにでもあるものではなく、 日本では見つけづらく、このインドという大陸にいくつかある。 有名な聖地でなく、その聖地の近くにひっそりとたたずむ小さなアシュラム。 そんないくつかの場所に出会えたことを、この地球上に存在することを有難く思う。 聖地巡礼 カルカッタ
2010.04.27 Tuesday
![]() 戦前、日本からインドへ人力車が輸入され、 インドでは「リキシャ」と呼ばれている。 このリキシャも、カルカッタを残すのみ。 ライセンス発行が停止され、いつかは消えるリキシャ。 2度目のカルカッタ。 今回はドッキンネーショルというお寺に行くために はるばるデリーから18時間掛けてやってきた。 前回は5.6年ほど前、ダージリンに向うべきこの地に初めて降り立った。 当時、私はなんの勘違いか、生贄で有名なカーリー寺院のことを このドッキンネーショル(ここもメインの神さまはカーリー女神)と思っていて、 「そんな、血なまぐさいところなんて行きたくないや」と ガイドブックさえも開かずに素通りした街だった。 ![]() カルカッタの宿の部屋からの眺め。 目の前には教会。 部屋には南京虫。 イギリス植民地時代は首都として栄え、とても大きな街なので 街自体が聖地というわけではないのだけれど、 神の化身と言われたラーマクリシュナのゆかりのお寺に行くため 再びこの街にやってきた。 私的な聖地。ラーマクリシュナを知らない人にとってはただの小汚い街。 さて、ここ街の巡礼については旅先から記したのでこちらをどうぞ。 カルカッタ、ドッキンネーショル ![]() カルカッタと言えば、マザー・テレサのボランティアで有名な街だけど、 ラーマクリシュナに興味のある方にも必見な街です。 サダルストリート周辺からタクシーで200〜300ルピーほど。 距離的にはそんなに遠くないのだけど、なにせカルカッタ名物の渋滞に 必然的に巻き込まれるので、1時間30分ほど掛かります。 ドッキンネーショルからベルル・マトまでは、ボートで行けます。 私はデリーで「BELUR MATH Pilgrimage」という小冊子(25ルピー)を入手しました。 ドッキンネーショルとベルルマトのガイドブックで重宝しました。 ヴィヴェーカーナンダの家やMの家などラーマクリシュナ終焉の地など、 ゆかりのある場所の住所や行き方なども記載されています。 これ一冊持って、タクシーをチャーターして廻るのもいいかも。 ![]() すべての物価が急騰中のインドで、出会った2ルピー50パイサのチャイ。 ベルルマト裏のチャイ屋さん。 ここだけは時間が止まっている。 さて、今日本でこうやって旅の出来事をイロイロ思い出してブログを書いていますが、 前回のカルカッタから始まった旅から今回の2度目の訪問までの約6年間、 私は「執着することの苦しさ」について学んでいたのだな、 ということに気づかされました。 前回のカルカッタの旅で私は手放したくないもの、 そう、執着してしまうもの、、、に遭遇してしまった。 でも、当時は「大切なもの」と認識していたのだけど。 自分の中にある執着心。それがどれだけ自分自身を苦しめるのかを身をもって学んだ6年間。 「学んだ」「気づいた」と言ってしまえばカッコいいかもしれないけど、 今思い出してもあれは修行だったな、ちへど吐く思いってこのことだ。 まざまざと見せ付けられた、執着というもの。 それを手放す方法もわからず、どう扱ってよいのかもわからず。 本当に、記憶喪失になったほうが楽なのでは?と思った。 カルカッタを去り、このあと南下を続けるわけなんだけど、 気がつくと、その執着というものが、きれいさっぱり私の心から消えていた。 あれ?どうしちゃったんだ?私。なくなってるよ。 何をしたわけでもない、あんなに消失して欲しかったものが消え去っている。 心にぽっかりと穴が開いてしまったような、奇妙な感覚なんだけど、 その「空いた場所」に、これからはもっとステキなものを 宿して生きていこう、、、、そんな前向きな気持ちな、ゴールデンウィーク直前。 聖地巡礼 バラナシ2
2010.04.13 Tuesday
![]() 何度見ても、ここの礼拝はすごいな、と思う。 今回のバラナシ滞在中アーナンダマイマーのアシュラムを 訪れたことは、以前旅の途中で記しました。 そしてもうひとつ、行っておきたかったところは、ドゥルガー寺院。 しかし、このお寺も「ヒンドゥー教徒以外立ち入り禁止」のお寺。 乗ってきたリキシャのオヤジが、「なんだなんだ、中に入ってお参りしてこい」って言うのだけど、 「わたしたち、ヒンドゥー教徒ではないので、入れないと思うよ」 「そんなことはないだろう!」とリキシャのオヤジに先導されてゲートをくぐる。 「あんたたち、仏教徒か?」とリキシャのオヤジ。 「はい。(一応ね)」と答えると 「じゃ、大丈夫。ムスリムでなければ、問題ない。入れ!」 イスラム教徒じゃなければ、、、、ってそんなの、ありか? でも案の定、係りの人がやってきて 「敷地内ならオッケー。でも本堂には入れない」とのこと。 リキシャのオヤジ、「へぇ〜、そうなんだっ」と驚きの顔。 生まれもってヒンドゥー教徒の人にとっては、そんなこと知らなくて当たり前だよね。 さて、ヒンドゥー教徒は厳密に言うと生まれたあとに 「ヒンドゥー教徒になる」ことはできないらしい。 「ヒンドゥー教徒として生まれてくる」ものであって、 「ヒンドゥー教徒になる」ものではないらしい。 キリスト教やユダヤ教、イスラム教なんかは 「改宗して」その教徒になることが可能なんだけど、 「ヒンドゥ教に改宗」ってのは、厳密にはナシ、だそう。 でもその逆、「ヒンドゥ教から他の宗教に改宗」はできるそうです。 出口はあって、入り口なし、って感じかな。 もちろん、信仰するのは自由。でも「ヒンドゥ教徒として生まれてこなかった人」が 立ち入ることのできないお寺ってたくさんあるのです。 さて、ここでバラナシのお寺めぐりは終了。 旅の連れ、妹子はあと数日で帰国となる。 3週間、よく付いてきたな、この国での旅。 でも数日前から「肉食いたい、魚食いたい」とぼやきがはじまった。 なので、バラナシグルメを楽しむことにする。 日本人の奥さんとインド人のだんなさんが経営しているレストランが バラナシにオープンしたらしい。 「塩ラーメンが食べられるよ」と遠くラジャスターンで小耳に挟み、 もう、妹子、バラナシ行きの列車の中で「塩ラーメン」が頭から離れない状態。 妹子、塩ラーメンの聖地だぞ! 十数席の小さなレストラン、メグカフェ。 奥さんのメグさんがすべてひとりで調理しているそう。 だんなさんの10倍働いているのではないか?と思うほど。 私はかき揚げ海苔巻きを頂いてみる。ああ、美味しいよ。本当に。 多分、メグさんは元々料理が好きで、腕前もある人なんだろうな、と 思わせる味つけでした。 そして私のお勧め、アッシーガートのピザ屋の、アップルパイ。 ![]() 妹子、大感激。 結局出発当日にも食べにきてしまった。 人間って単純なもので、美味しいものが食べられると幸せなのよね。 そして、、、、明日が出発、という日に宿の奥さんが 「美味しい魚が手に入って今晩魚のカレーなんだけど、あなた、どう?」 と、声を掛けてくれる。 普段、魚は口にしないそうなんだけど、「美味しい魚」が手に入ったときだけ、 家族みんなで食べるそうで。 あいにく私はベジタリアンなので、辞退なんだけど、 ちょっと待って、妹子が「肉食いたい、魚食いたい」のマントラを唱えていたな。 おい、妹子よ、フィッシュカレー作ってくれるって、どうする?? もちろん、返事はYESだ。 その日の晩、屋上のテーブルで、停電中のためローソクの灯りの下で 妹子はフィッシュカレー、私は野菜カレーを頂く。 マントラってすごいよね、「肉食いたい、魚食いたい」って唱えていたら 本当に魚が食べられるんだもん。 風通しのよい屋上で、月明かりの中ロウソクの灯りがとてもきれい。 隣のテーブルで他の旅行者がマリファナをくぐらせている。 下に見えるはガンジス河。文句つけようなし。 「また戻っておいで」と宿のご主人。 シヴァ神に縁がある人はこの街に戻ってこれるんだよ、と。 オーム・ナマ・シヴァーヤ なんだかんだ言っても、私はこの街が好きだな。 聖地巡礼 バラナシ
2010.04.11 Sunday
![]() 人も牛も、ガンガーを眺めて一日が過ぎていく。シャンティだ。 ヒンドゥ教の聖典に 「バラナシで死んだ人にはシヴァ神がニルヴァーナ(涅槃)を授ける」とある。 そう、輪廻転生を終える(もう生まれ変わらない)ってこと。 もし、本当だとしたら、私もこの地で死にたいもの。 ラーマクリシュナは、この地であるビジョンを見た。 「色白で黄褐色のもつれ髪をした背の高い人が、火葬用の薪を順番に巡り歩いていた。 そして一人ひとりの体から注意深く引き上げては、その耳にブラフマンの 特別な名前を唱えて、魂を解脱させているのを見たのだよ、、、、以下省略」 ―「ラーマクリシュナの生涯・下巻」P150より― はるか昔からここは「黄金の街」と言われる、聖地。 もう、何度目になるんだろう?この街に来るのは。 「シヴァ神のお招きがある人は、何度も何度もこの街に来ることができるのよ」 宿の奥さんが言う。 今回、たまたま迷い込んでチェックインした宿の宿泊客で 女性は私たちだけだった。なので、この奥さんは何かと私たちに声を掛けてくれた。 「以前、日本人の女の子がうちに泊っていてね、カーリー女神を物凄く 崇拝していたの。だからお寺に連れていってあげた。 そしたらいきなり痙攣して口から泡を吹いて倒れてしまったの。 びっくりしちゃってね。どうしていいのかわからずにいたら 周りの人たちが”カーリーのシャクティ(力・エネルギー)が降りてきたんだ。 そのままにしておいてあげなさい”って。 ひたすら体をさすってあげることしかできなかった。 そのうち元の状態に戻ったのだけど」 、、、、、なにが起こってもおかしくないよな、この街。 そんな聖地であるわけなんだけど、やっぱり「物理的には」汚い。 ![]() おじさん、何をしているかと言うと、牛の糞に藁を混ぜて、こねて、平べったくして、 ガートで天日干しして、釜戸の燃料を作ってます。素手で。 この「牛の糞」、ものすごく火力が強いです。 究極のエコ人間はなにも語らず、ひたすら地球にやさしいコト、してます。 中途半端におしゃれなエコを提唱している人、これくらい実践してほしいものです。 ひたすら地球にやさしいコト、してほしいです。 大体、「極めている人」はなにも語らない。実践するのみ。 中途半端な人間が高らかに遠吠えしてます、語りに入っちゃってます、 で、そんな自分に酔いしれてます。 どこの世界でも、分野でも同じことなんだけど。 、、、、私も意義主張はココロの中だけで叫ぼう、、、っていつも思います。 ああ、ブログなんてやってたら、既にアウトですね、私。 ![]() そんな「究極のエコグッズ」を生産した翌日には、洗濯物なんか乾かしちゃってます。 もちろん、「エコグッズ生産終了」のあとに、デッキブラシを掛けて清掃、、、とか そんなことは、まずしません。 このお洗濯は、ホテルやお店なんかから出された洗濯もの。 朝、ホテルのフロントにランドリーを頼むと夕方にはアイロンがピシッと掛かって、あがってきます。 、、、、なので、バラナシのホテルでランドリーサービスを使うと 95パーセントくらいの確率で、「牛の糞を乾かした後の、デッキブラシを掛けてないガートであなたのステキなそのシャツは天日干しされてました」 、、、、なのです。 そこらじゅうに野良牛がウンコして行くので、この街は本当にまみれてます。 でも、巡礼者たちにとっては「聖地」なので、裸足で巡礼路を歩いている人もいます。 素足でウンコ踏んだら、一生トラウマになっちゃうだろうな、私。 どうやら信仰心の深い人は、物理的な穢れより精神的な穢れに重きを置いているように感じる。 物理的な汚れ、とは「自分の外側にある」汚れ。 自分より、「汚れて」いるから、「汚れ」 おい、自分、オマエのほうがよっぽど穢れているぞ、特にその根性。 、、、、そう思えるなら、牛のウンコくらい、なんともないのかも。 バラナシのガンガーで沐浴できちゃうのかも。 「牛のウンコと、私の根性、どっちが汚いのかなぁ、、、、」ガンガーを眺めながら、考える。 怒りや恨みが、たとえ一瞬でも横切る私のココロのほうが穢れているよな、確実に。 ![]() ペットロスを引きずっている私にとって、バラナシは私的・ヒーリングスポット。 ま、インド全土が野良犬天国なんだけど。 ![]() あまりにかまい過ぎて、嫌がられることもしばしばだった。 おとなしく寝かせておいてあげよう。 ![]() 私たちが到着する1週間ほど前まで、路上生活者が凍死するほど寒かったそう。 なので、ヤギだか羊だかも、服を着ている。 なんか、この着こなし方、かっこよくないか?おしゃれ上級生。 肌の色ともマッチしている。 聖地巡礼 プシュカル 3
2010.04.03 Saturday
山の頂上で見たもの。
小さなご本尊である太陽の女神と 万人を照らす圧倒的な太陽。 ![]() すっかりやせ細って、体力もなくなっている自分だけど 心の中は穏やかで心地よいムードが溢れている。 心まで温めてくれそうな、太陽の光と 神様を讃える唄と 頬を打つ風。 傍らにいてくれる旅人たち。 「もう、充分ではないか」思わずつぶやく。 このプシュカルという町、昔を知っている人に言わすと 「随分と俗的に変わってしまった」らしい。 、、、なんとなく、わかるような気がする。昔はもっと素朴な町だったんだろうな、と想像できる。 湖に沿うようにしてメインロードがあるのだけど、 外人観光客用のお店がずらっと並んでいる。 ブラフマー寺院の近くになればなるほど、巡礼者のためのおみやげ物屋さんがたくさん。 ただ、この「外人観光客用」のお店、洋服などのクオリティは高い。 外人が集まるような観光地の中で、この町が一番なんではないかな? 、、、もちろん、高級な服が欲しいならムンバイやデリーがお勧めです。 妹子は、下痢がおさまっていないのに、この町でショッピングしまくり。 ゲストハウスも安くて心地いい。 乾いたラジャスターンの風を感じつつ、 お寺やアシュラムから聴こえる神さまを讃える歌に耳を澄ませ、 のんびりと時間を過ごす。 忙しい日常を離れてどれだけ「なにもしない時間を過ごす」か。 それは最高の贅沢とも言える。 こんなひと時を過ごすことのできる、自分の置かれている環境に感謝。 ラクダが、牛が、サルが、野良犬が道を歩いている。 お寺のゲート前には野宿をするサドゥたちが焚き火で暖を取る。 聖地でもあり、心を空っぽにできる場所。 心穏やかに 聖地巡礼 プシュカル 2
2010.04.02 Friday
どうしても、私の目を捉えて離さなかった、山の上のお寺へ向う。
町の中心地から1時間くらいの距離だけど、デリーで体調を崩した私たちにとって、 「大丈夫かなぁ、、、」と、ちょっと不安な道のり。 途中、地元のインド人青年がバイクで通りかかり、ふもとまで送ってくれるという。 「good for my karma!!」 人に善を施すとその善は自分に戻ってくる―――カルマ。 ありがたく、3ケツしてふもとまで送ってもらう。 ![]() インド人巡礼者たちと一緒に、山道を登る。 この山頂には、ブラフマー神の奥さんである、太陽の女神が祭られているという。 体調が万全ではない私たちにはやっぱり、ちょっと辛い。 辛いものだから、下ばかり見て歩く。 ふと気がつくと、なんだか道がキラキラと光っている。 この山道、クリスタルがいっぱい落ちている。 いっきに疲れが吹っ飛ぶ。 無心になって、クリスタル採集。 、、、、無心になっているはずなのに、心の中には何人かの知人、友人のことが、よぎる。 心のなかに、浮かんできたこの人たちのためにクリスタルを持って帰ろう。巡礼の手土産に。 ![]() ![]() 一緒に登る、巡礼者たち。 「聖なる山」なので、裸足で歩く人もいる。 片足のサドゥは、杖一本で体を支え、この山道を登っていた。 聖地巡礼 プシュカル
2010.04.01 Thursday
ブラフマーの手から蓮の花が落ちた場所にできた、、、と云われるプシュカル。
砂漠のラジャスタン地方にある、聖地。 この町も肉魚卵を口にすることはできない。 女性たちも、小柄で痩せていてデリー辺りで見掛けるインド人女性と 随分と体型が異なる。 彼女たちがまとう、サリーの色合いも艶やかで原色が目立つ。 ああ、砂漠の民なんだな。 ![]() 聖なる湖の周りを取り囲むようにガート(沐浴場)があるのだけど、 私が行った1月は、湖は干上がっていた。 ![]() 私の目を捉えて離さなかった、山。頂上にヒンドゥ教のお寺がある。 なんだかわからないけど、「この山に会いに来た」と直感。 湖を中心にしたこの町は、いたって穏やか。 、、、、というか、騒がしい観光地からこの町に到着しちゃったもんだから、 このなんともいえない聖地特有の雰囲気にホッとする。 しばらくここでのんびりしよう。デリーで当たった水下痢も完治していないし。 その日の晩、鮮明な夢を見た。 私は、誰だか知らない人と向かい合って瞑想をしている。 しばらくすると、その人は微笑み、私に話しかける。 「随分と長い間、怒りをもち続けていましたね」と。 「でも、”それ”を手放したことは、あなたのためにとって正しいことでした。 とにかく、心が繋がっていることが大事なんです。 、、、、、でも断ち切れない絆は、どんなことがあっても 最後に大きな宿命として、あなたに戻ってきます。」 何のことを、誰のことを言っているんだろう?? それより、あんだ、誰だ?? 驚いて眼を覚ます。 夢の中で、まったく知らないひとが出てきて、私の無意識の世界を読み、 語りかけられたことに驚く。 あまりにも鮮明な夢だった。 隣に妹子が寝ていることを確認する。(夢だったんだ、、、) でも、なんだか、隣で妹子が寝ているこのシチュエーションのほうが夢のような気がしてきた。 、、、、それくらい、鮮明な夢だったってこと。 これも啓示なのかなぁ、何のことを言っているのか、わからないけど。 この町の中心は、なんといってもブラフマー寺院。 ヒンドゥの神さまというと、シヴァ神、ヴィシュヌ神を知っている人も多いと思う。 でも一番根本となるのは、ブラフマー神。 宇宙の根本原理を擬人化した神さま。 ブラフマーが宇宙を創造し、ヴィシュヌが維持し、シヴァが破壊する。 でも、ありまりのも理念的すぎてブラフマー神は民間に広がることはなかった、と言われている。 そんな、めずらしいブラフマー神を祭るお寺がここ、プシュカルにある。 ![]() 座っているおばあちゃんたちは、喜捨を求める人々。 例によって「勝手にガイド」が近寄ってきて頼んでもないガイドを始める。 妹子は「どうせ、最後にお金請求されるんでしょっ!!」とお怒り気味。 でも、私は「いくら請求されるのかな??」と興味深々。 この手のガイドさんには10ルピーあげることにしているんだけど、 やっぱりガイドさんは、不満気味。 「as you like(あなたの、好きなだけ)」という割りには、不満タラタラ。 でも、「私の好きなだけ」の10ルピーしか出さない。 のんびりと、お寺を見たい人は「まったく英語、わかりません!」の ふりをするのが一番。日本人だからこそ、できる技。 クンブメーラ また、逢おう
2010.03.27 Saturday
![]() 次の巡礼地に向う ハルドワールの駅にて 、、、なんだかクンブメーラの話だけで、巡礼日記が終わっちゃいそうだな。 結局10日ほど滞在したハルドワール。 バスで1時間も行けば、ヨガの聖地であるリシュケシュに行けるのに、 今回はまったくリシュケシュに行こうという気が起こらず。 素晴らしい瞑想のできる環境と 私を当たり前のように受け入れてくれる人々。 そんな中で、「他の場所に行こう」なんて気持ちはまったく浮かんでこなかった。 夜行列車でハルドワールを離れる。 寝台列車を予約していたのに、もう寝台にはなっておらず、 人が詰め込むだけ詰め込まれている。 、、、多分、多くの人が無賃乗車だったのではないか?と思う。 サドゥもいっぱい乗っている。帰路につく巡礼者たち。 次は2013年か、、、、もう次のクンブメーラに、行く気満々な私。 朝、ニューデリーに到着して、オレンジ色に染まっていない町が不思議でしょうがない。 あれ??サドゥがいない、と。 つくづく、特別な日に、聖地にいたんだな、と思う。 数日前に旅人から教えてもらった路地裏の食堂に行く。 「アヤじゃないか!!」旅友達と再会。 実はこの人、2週間ほど前に別の場所で知り合い、 「ハルドワールにいるの?今から向かうよ。また逢おうね」なんて メールのやり取りをしていた人。 旅の連れを持たずに、クンブメーラに来てしまった私は その旅人と再会できたらどんなに心強いだろうな、そして楽しいかも、、、と思っていたんだけど。 結局インターネットでの連絡もままならず、現地での再会は果たせなかった。 まぁ、列車のチケットも取れにくいし、たどり着けなかったんだろうな。 その旅人も、今朝のバスでハルドワールからデリーに到着したという。 ごめんね、メールのチェックしなくて。 いやいや、こちらこそメールを送らなくて。 これだけ連絡が密に取れるインターネット社会。 それでも約束した場所で、会えることができない、、、こともある。 きっと、ひとりであの場所に滞在することが必要だったんだな、と思う。 ひとりぼっちになることで、私の知らないところで「繋がっている人」が その糸を手繰り寄せる、、、そういうシステムになっているのかも。 一夜明けて、場所が変わって、こうやって再会できる人だっているのだから。 長々とクンブメーラ日記を書いてしまいました。 これはどちらかと言うと「記憶の残っているうちに」自分自身のために 書いておこう、、、と思って一気に書き上げたものです。 これと前後して巡礼は続いていきます。 そのうちに、他の巡礼地についても書き記したいと思います。 私に声を掛け、糸を手繰り寄せてくれた人たち、ありがとう。 私はただただ、あの地で口をポカーンと開け、漂っていただけですから。 10年ぶりの、穏やかでそして激しかった心の浄化は終了。 ハリ・オーム ![]() 最後の最後になって遭遇した サドゥの印象は強烈だった。 また、逢おう ハルドワール 食事の配給
2010.03.26 Friday
ババ抜きも終わったことだし、さて、約束通りにみんなでお寺に行こう。
、、、そう思っていたら、ガート前のサドゥの仕事場に到着。 河沿いにゴザを敷いてくれ、チャイとお菓子を持ってきてくれ、 「ここでちょっと待っていて」と、サドゥ。 ちょうどお昼時、無料配布の食事がはじまる。 シヴァラトリの翌日なので、まだまだ巡礼者はたくさん。 ![]() 働くサドゥ。 腰巻、頭に巻いた布、首に掛かっている布 それが彼の全衣装。 ![]() 今日はどんなカレーなんだろう? ![]() さぁ、配りはじめよう。 大晦日の夜に、お寺で甘酒が振舞われる、、、っていうと想像しやすいとおもう。 でもここでは、毎日、誰にでも振舞われる。 勿論、お金なんて取らない。 費用はすべて信者さんからのお布施でまかなわれる ![]() ガートの清掃員もちょっとお昼休み。 ![]() 眼力のある、サドゥも ![]() 仲間と一緒に ![]() 片足のない、お貰いさんも 日本のような「困っている人に」施す、、、という感じはまったく感じられない。 ミョーな作り笑顔で施す炊き出しとはえらい違いだ。 誰でも、富めるものも、貧しきものも、すべての巡礼者のために。 そして、施される側も堂々としている。 おい、日本。まだ先進国になっていないインドでは毎日やっていることだぞ。 米軍におもいやり予算なんてくれてやってどうする。 外部の敵から国民を守って頂くその予算で、まず困っている自国民に手を差し伸べろ。 100年に一度の大不況。 今、手を差し伸べないで、いつするんだ?? ハルドワール ババとババ抜き
2010.03.26 Friday
「明日、みんなで山の上のお寺に行こうよ。朝9時に待ち合わせだよ。絶対だよ、友達なんだから!」
、、、、サドゥとそんな約束をした私たち。 真夜中の2時までワイワイお喋りをして、隣の部屋の人に怒られ、 ついでにサドゥはヘベレケになっていた。 、、、、絶対起きれるはずないよな、サドゥ。ちゃんと家に戻れただろうか? 「友達なんだから」のコトバを真摯に受け止め、朝9時にMちゃんの部屋を訪ねてみると、、、、 ![]() やっぱり、サドゥ、ホテルに泊っちゃったか。 赤い毛布はT君。三人で川の字になって寝たそうである。 ![]() まー穢れを知らぬ顔して寝ているよ。彫りが深ーい横顔。 モソモソとみんな起きてきて、モーニング・チャイの時間。 突然Mちゃんが、「じゃ、みんなでババ抜きしようか」と提案。 なぜ、今、ここで、トランプゲームなんだ??? ああ、この突き抜けた感覚、大好きよ、私。 ここで断る理由はない。 ババと、ババ抜きをするなんて、チャンスはそうそうあるものではない。 (*サドゥに呼びかけるとき、敬愛の意味をこめて「ババ」、もしくは「ババ・ジーと呼ぶ) Mちゃんが、サドゥに「ババ抜き」のルールを説明してスタート。 ルールを説明したところで、だめなんだ、これが。 最初に配られたサドゥのカードの中にババがあったらしく、 「おお!しまった!」ばかりに、声を上げてしまうサドゥ。 そしてババカードを隣の人が引くと「やったー!」とばかりに喜んでしまう、サドゥ。 、、、、どこにババカードがあるか、一目瞭然。 結果的に、ババカードはめぐりめぐってババの元に戻って、ゲーム終了。 ババ抜きで、ババが負ける、、、ナイスなおちだ。 クンブメーラ ナガ・サドゥ
2010.03.26 Friday
明日、ハルドワールを離れ、デリーに戻る。
充分にこのハルドワールを、クンブメーラを堪能した。 熱が出てしまって、会場にずっといられなかったのは残念だけど、、、、 でも結局、私はスワミ・ジーが手繰り寄せた巡礼者たちと、ともに過ごすために、 この町にきたのではないかな?と思う。 もう、なにも思い残すことはないな、と思っていた出発前日の夜。 宿のドアをコンコンとノックする音。 同じ宿に宿泊している、Mちゃん。 「わたしたちの部屋に、ババがきているんだけど、遊びに来ない?」というお誘い。 へぇ〜そうなんだ。うんうん、遊びに行くよ!と気軽に答えて 部屋を訪ねてみると、、、、、 そこにはベッドにちょこん、と座っている、ナガ・サドゥがいた。 げっ!本物のサドゥだ。 腰巻と体を覆う布と、小さなかばんだけがすべての持ち物。 英語でnaked sadhu(裸のサドゥ)と訳される。 私はてっきり、外人が集まる聖地で、英語で話しかけてくるモダン・サドゥかと思っていたら。 、、、、これ、本物だよ。。。。。 「どんどん、話しかけてね。なんでも質問してやって!」とMちゃん。 「去年、ここに来たときに知り合ったの」 ナガ・サドゥはニコニコしながら私たちの会話を聞いている。(理解してないけど) 聞きたいことはいっぱいある。 本当に着るものはそれしか持っていないのか? 日用品を購入するお金はどうするのか? ガンジャを購入するお金は、何処から捻出するのか? ひょっとして無料でどこからか配給されるのか? 「このサドゥ、英語、話せるんだよね」 「いや、ヒンドゥ語しか話せない」 、、、、会話が成立しないじゃないか!! 大体、こんな本物のサドゥ、部屋に連れ込むな。 どうやって、宿のフロントを突破してきたのだろう? どう見たってサドゥは、宿泊者じゃないだろう。 サドゥは何処でもフリーパスなのか???? 、、、、、この、ちょっと突き抜けた感覚を持つMちゃん、好きよ、私。 さて、ヒンドゥ語を理解するMちゃんを介して会話が始まる。 ![]() 職業:ナガ・サドゥ 性別:オトコ 年齢:40歳 住居:ハルドワールのお寺。 10歳のときに、親に捨てられお寺で育てられる。 なので10歳から、サドゥなのである。 お寺が持っている「無料食事配給所」でご飯を作ってます、、、、、、 本人曰く、 「100歳まで生きて、そして死ぬんだ」、、、そうである。 俗に染まっていないと、人間、こんな美しい眼を持つものなのか。 既に40歳というけど子供よりよっぽど澄んだ瞳をしている。 ニコニコ笑うその笑顔は、この世のものとは思えない。 、、、、純粋、、、、という言葉をあなたに送ろう。 小さなかばん、、、、OLさんが通勤に持ち歩くかばんなんかより 全然小さなかばんの中身をドバッとベッドに広げる。 自ら持ち物検査開始。 かばんに入っていたものは、、、、 聖水を汲む法具 自分用のアルミのコップ サドゥID ライター ビリー(インドのタバコ) ガンジャ ガンジャ吸引用パイプ 自分の証明写真(スナップ写真を切り抜いたもの) 神さまのカード ビーズ、ルドラクシャ 小銭 これが、本当にすべての持ち物らしい。 そして身に着けているものは、腰巻と首に巻く布、頭に巻く布、そしてストールのみ。 「サドゥは、サドゥIDカードってものを持っているらしい」という噂を聞いたことがある。 本当に持っているよ!身分証明書! ラミネートされたA4版の紙。 証明写真が添付されていて、あとはヒンドゥ語で書かれているのでわからないけど。 「今までたくさんの場所を旅したよ。このカードを持っていれば大丈夫」 IDを提示すれば巡礼宿やお寺に泊れて、食事も施されるのだろう。 「日本にだって、これがあれば行ける」 いや、その前にパスポートが必要だ、サドゥよ。 クシャクシャになったインドの小額紙幣も出てくる。 「こんな、お金なんて本当は要らないんだ。でも巡礼者の人や外国人がくれる」、、、、だ、そうだ。 神さまのカードは、裏がカレンダーになっていて 表に印刷ができるようになっており、名刺なんかにしている。 でも彼が持っているのは自分の名刺ではなく、 ショップ名が印刷されていたりする、貰ったもの。 1992年のカードもある。 もう、カレンダーとしては使いようがないのだけど、 大事に大事に神さまとして持ち続けているわけだ。 なんだかわからない、ガラスビーズとかルドラクシャ・ビーズを指差して 「あげる。欲しいものがあったら持っていってもいいよ」と言う。 何度も何度も言うものだから、水色のビーズを貰う。 そして自分の写真と、2ルピー札もくれると言う。 「友達だよね、これ、誰かにあげちゃだめだよ。友達なんだから」 モノを持たぬサドゥからモノを貰う私。 絶対に、大切にしなきゃ!という気持ちになる。 サドゥがパイプを取り出して、ガンジャを詰め始める。 、、、、弱ったな、こんなもん回されて吸引したらぶっ倒れるぞ、私。 絶対に、回すもん。回さないはずないもん。 、、、私の心が読めたのか、タバコをほぐして1本私のために軽いジョイントを巻いてくれる。 「はい、あなたには、これ」っていう感じで。 ものを持たぬサドゥは、すべてのものを分かち合う。 手土産に持ってきたスナック菓子が1つ残るとその場にいる5人のために、 小さく小さく5等分して、みんなで分かち合う。 Tくんが自分のタバコを吸い始めると 「なんで??友達だろう?なんでみんなにもあげないの??」と怒る。 もちろん、自分がタバコを吸うときは、みんなに1本づつ自分のタバコを配る。 チャイが3杯しかなければ、コップを2つ持ってきて5人で分け合う。 「もう2杯、チャイを注文」ではなく、 今、ここにあるものを、みんなで分け合う。 分かち合うこと。 物質的に恵まれた、そして金銭的にも恵まれた私たちは 「所有物」というものがたくさんある。 お菓子だって、タバコだって、チャイだって「自分だけのもの」を手に入れることができる。 一見、豊かさそうに見える。 でも「タバコ一本ちょうだい」と貰いタバコを続ける人に対して 「ちぇ、自分で買えよ」 いくら友達でも人が飲んでいるチャイを「一口ちょうだい」と言われたら、 自分の、注文すればいいのに、、、、と思ってしまう。 「ほんの少しのお金で買えるのに、なんで他人から貰おうとするるんだよ。」 その向こう側には、 「ほんの少しのお金で買えるものさえ、与えようとしない」自分がいる。 当たり前のように、「所有物を手に入れるアイテム=お金」を持っている私たちは 「所有物」を人に分け与えることを拒否してしまう。 本当に貧しいのはどっちなんだろう? モノ持たぬサドゥの、分かち合うその心に思わず本当の豊かさを感じてしまう。 話はちょっとずれるけど、その場にいたT君は、数日前から奇妙な格好をしている。 インド人のおっさんが着るような、夏服の、それもテロテロなYシャツとズボン。 丈なんて、全然短い、夏服のズボン。 男前のT君、なんでこんな格好しているんだ? 話はこうだ。 このサドゥのテントに遊びに行ったとき、思いっきりズボンの股のところが破れた。 サドゥがふらりと何処かへ出かけていって、戻ってきたら、 このYシャツとズボンをくれた、という。 お金を渡そうとしても、絶対受け取らなかったそうだ。 「友達なんだから」と言って。 自分、裸なんだから、自分の服買えばいいのに。 裸のサドゥから、服を貰うT君。 そりゃ、着ちゃうよね。その気持ち、嬉しいよね。 ![]() 裸のサドゥから服を貰った日本男児。 おもいっきり夏服。 あまりにツボにはまったので、盗撮。 断りもなしに、すまん。 ハルドワール シヴァラトリの日のプジャ
2010.03.26 Friday
インドにはたくさんのお祭りがあるのだけれど、 そんな「吉日の日」には、自宅に祭司を招いてプジャ(礼拝)を行う。 すべての家庭でするわけではなく、やはり、、、、お金に余裕のある家、 そして勿論、信仰深い家庭での話。 日本でもお盆に檀家さんが僧侶を招いて、お経をあげてもらうのと同じ感じかな。 ![]() 白い法衣を着た祭司の人がたくさんの荷物を持ってやってくる。 プジャを行うための、さまざまな品。 こういう「プジャ・グッズ」は当たり前のように市場で購入できる。 お花に、色の付いた粉、その他なんだかわからない、おがくずみたいなもの、、、プジャにはたくさんの品々が必要らしい。 ![]() プライベートガートの中に、この家の祭壇がある。 祭司とスワミ・ジーがその祭壇の前でお経を唱え、プジャが始まる。 既に日は沈んで寒いガンガー沿い。 膝まで河に浸かったままで1時間以上、儀式は続く。 、、、、当たり前だけど、寒いはず。 昼間に沐浴をしただけの私でもあれだけ寒かったのに。 ![]() ガートの上には、色のついた粉で、すでに卍が描かれている。 祭司とスワミ・ジーが河から上がってきて、ここで次の儀式。 ![]() さぁ、次なる儀式の準備。 ![]() ホーマー(護摩焚き)をし、お経を唱える。 私は初参加(?)でまったく段取りがわからないのだけど、 そこは一緒に参加している南アフリカの家族たちを、 見よう見まねでなんとかついていく。 祭司がマントラを唱える。私たちが続いてマントラを唱え、 炎の中に植物の種のようなものをくべる。 ![]() 祈りを捧げる人の姿は本当に美しい。 かれこれ3時間が過ぎて、プジャは終わる。 最後に祭司の人がひとりひとりの手首に、マントラを唱えながら聖紐を巻いてくれる。 聖地によくいる、外人目当ての、勝手に聖紐を巻いて「はい、100ルピー」と言ってくる ビジネス祭司とは大違い。 既婚女性は左手首に、未婚女性は右手首。 この聖紐は、いまでも私の手首に巻かれている。守護のように。 ハルドワールの後、旅は続くわけなんだけど、 たまに、あのハルドワールの日々は夢だったのではないか??と 感じてしまうことがある。 あの時間が圧縮されたような、圧倒的な、私の心に訪れた静寂は、 他の聖地ではあまり体験することができなかった。 そして、日本に戻ってからも。 「あの日々は、夢だったのではないか?」 そんな不安に襲われるたびに、私はじっと手首の聖紐を見つめる。 大丈夫、あれは夢ではなく、本当に私が体験したこと。私の人生で起こったこと。 この聖紐は、私をハルドワールの日々へと運んでくれる。 長時間のプジャが終了し、みんなで夕ご飯を食べる。 そのあと、女性は女性だけでお寺にお参りに行く。 みんな、おめかしをして。近所の奥さんや子供たちも一緒。 すでに夜の10時を過ぎていて、私は宿までひとりで戻らなければならない。 でも、シヴァラトリの日は、どこのお寺でも朝までプジャをしているので 多くの人が外出しているし、危なくないよ、とのこと。 お寺で1時間ほど過ごし、私は中座して宿に戻る。 濃密な、シヴァラトリの日が終わる。 クンブメーラ プライベートガートで沐浴
2010.03.25 Thursday
グルグルと会場を廻って、すでに人酔いしている私。
前回のクンブメーラとは違い、会場もそれほど広くはないし 地獄絵のような混乱もないわけだけど。 それでも「沐浴のためだけに」ここにインド中から人が集まるってすごい。 すでに足元は人に踏みつけられかすり傷だらけで、 気が付けば足のツメもなんだか剥げれているような。 そんな場所でひとりでフラフラさまよっていると、 自分が一個の存在なのか、もしかして本当は個体ではないのでは???? なんだかわからないけど、普段思いつきもしない疑問が沸いてくる。 そのうち、間接痛と、頭痛と、悪寒。 完全に、熱が出る前触れ。 このまま沐浴なんて自殺行為だ。一旦宿に戻ることにする。 嗚呼、これは子供の知恵熱と同じだ。 なんで、この日に、よりによって熱が出るんだろう? 当日に熱出して、遠足に来れない子、同級生でいたな。 ハルドワールって、英語でHardwar Hard war、、、、厳しい戦争、、、、って訳すのか? ベッドの中でウンウン唸りながら、まったく意味もないことばかり頭に浮かぶ。 2時間ほど、眠りについてなんとなく動けるようになってきた。 まだ、間接は痛むし、熱も下がっていない。 「沐浴すれば、治るかな?」 そんなわけないだろ。 でもそのときは「これって名案!」くらいに閃いた。 そうだ、スワミ・ジーの家の、ガートで沐浴しよう。 再び着替えを持って、外に出る。 「おはよう、アヤ。沐浴は済んだ?」 スワミ・ジー宅に滞在している南アフリカ家族から声が掛かる。 「いや、まだ。でも着替えの準備は持ってきたよ」 じゃぁ早く沐浴しなさいよ!とばかりにみんなで私の沐浴の手伝い。 「時計とアクセサリーは取って!」 「着替えるときは、ブランケットで囲ってあげるから大丈夫」 「ステップは4段、それ以上は降りてはだめよ」 「流れが速いから、気をつけて。しっかりへりに捕まって!」 ちょっと熱があるんだけど、どーしようかなー。なんて今更いえない。 もう、やるしか、ない。 十ン年、インドに通い続けて初めてガンガー・マーター・ジーに抱かれる私。 一歩一歩、ステップを降りてガンガーに入る。 水はものすごく冷たいし、河の流れは思っていた以上に速い。 3回、頭までずっぽりとガンガーに身を沈める。 熱がもっと出るんじゃないか? なんか感染症に掛かるんじゃないか? そんな不安は、この水の冷たさで凍結。 もう、本当に「すべてをゆだねる」ってこのこと。 ヤケクソ、、、とも言う。 「アヤ、その腰に巻いているのは何?」ガートからあがってきた私にみんなが尋ねる。 「ああ、これ?これはマネーベルトと言って、パスポートを入れておくものなのよ」 私、パスポートと現金とトラベラーズチェックとクレジットカードと一緒に沐浴完了。 ある意味、お金も浄化。 パスポート、波打つ。 ドル紙幣もトラベラーズチェックもフニャフニャ。 手がかじかんで、着替えもままならない。 毎日、朝夕沐浴をしている、インド人ってすごい。 やっと着替え終えたところで、ガートにゴザを敷いてもらう。 「さ、しばらく瞑想だね」と。 ![]() この瞑想中、わたしの心の中でいろいろなことが流れていった。 多分、1時間くらいの瞑想だったと思う。 でも、その直後も、そして今となっても、 「何が流れたのか」がまったく思い出すことができない。 ただひとつだけ 私はパーフェクトな、正しい場所にいる。 熱を出しても、人ごみにもみくちゃにされて、足のツメ、はがれても。 そして歩むべき道を歩んでいる、と自信100パーセントで感じたのは確か。 ここまで明確に言い切れるって、私の人生においてそうそうあることではない。 ガンガーの冷たさと、こぼれびの暖かさと、流れる河のせせらぎと。 今、この一瞬に留まり、呼吸をしていることが こんなにも至福に浸れるなんて、思いもよらなかった。 圧倒的な至福のなかで、私の心によぎった思いはきれいに流れ去る。 、、、、瞑想を続けてきてほんとうによかった。この瞬間のために。 「アヤ、夕方からうちでプジャ(礼拝)をするからおいで」 スワミ・ジーからプジャのお誘い。 沐浴のあとは、プジャ。 これがシヴァラトリの過ごし方なのかな? もちろん、喜んで参加する。 クンブメーラ シヴァラトリの日
2010.03.24 Wednesday
夜明け少し前、宿を出て会場へと向かう。
、、、宿の外に出ると、その道さえも交通規制が張られている。 毎日、メインロードを歩いて20分ほどでガートに到着できるのだけど、 そのメインロードも、一方通行でガートにはたどり着けない。 警官に「どうやってガートまで行くの?」と聞くと裏の道を通れ、という。 人が流れる。 河に向かって。 チャッパル(インドのサンダル)を履いて来ちゃったから、 足をガンガン踏まれて擦り傷だらけ、、、になってしまう。 人の流れに任せてひたすら歩く。 一般巡礼者も、ババも、ほんの少しの外国人も、目指すはガンガー。 、、、、橋や道が一方通行、通行止めになっていて、ハリキバイリにたどり着けない。 すでに歩き始めて2時間。 、、、、後で知ったのだけど、このシヴァラトリの日は サドゥしかハリキバイリに入れないことになっていたらしい。 ![]() 小さなガートにこれだけの人々が押し寄せる。 流れも速いこの河。レスキューボートも待機しているのです。 圧死者とか溺死者も出てしまうこの祭り。 ある意味、命がけなんだけど、沐浴しようか、どうしようか、迷うわたし。 でもここで沐浴しなきゃ、何しに来たんだ?わたし。 ![]() 左端に、鎖が引かれています。 この鎖を掴んで沐浴しないと、本当に流されちゃうほど急な流れです。 もちろん、この鎖の外で沐浴することは禁止。 ![]() 、、、そんなもん、守るはずがないよな。 鎖を掻い潜って、沐浴。 男性は腰巻をし、上半身裸で沐浴。祈りを捧げる。 ![]() 万が一、流されても大丈夫。 橋の下には鎖がぶら下がっています。 クンブメーラ アラティ
2010.03.23 Tuesday
ハリキバイリでの夕方のアラティ(礼拝) 地元テレビはこの時間に、ライブ中継までする。 ガートには裸足でなければならないので、その手前で靴を預ける。 ![]() 人々は葉っぱのお皿に、蝋燭を燈し、河に流す。 ![]() ババも夕方の沐浴。 穢れを落とし、浄化する。 ごみが浮いている、水質汚染、、、物理的な「汚れ・穢れ」ではなく、 精神的な「汚れ・穢れ」を重視している、、、ように感じた。 信仰があればこそ、の精神的な汚れと穢れ。 ![]() シッキムからの巡礼者。 つたない英語で一生懸命わたしに話しかける。 ![]() 澄んだ瞳が印象的だった。 クンブメーラ サドゥの行進 2
2010.03.22 Monday
![]() 衣服を一切まとわず、体中に灰を塗るナガ・サドゥの行進。 ![]() ![]() 絶対に、しらふではないだろう。 これを狂人と見るか、聖者と見るか、それはあなた次第。 ヒンドゥの人々はこれをごく自然に受け止めている。神さまの祭典。 ![]() 真夜中に、ひっそりと公園で、素っ裸になって臭い飯を食らったクサナギの立場は、、、、 ![]() ◆3月24日追加◆ 下記のYou Tubeの動画、無修正ですので、 生娘さん、その手のモノが不愉快な方は見ないでね。 あと18禁です。(たぶん、きっと) 動画を見たい方はこちらYou Tubeです。 http://www.youtube.com/watch?v=-0FDhAszLks クンブメーラ サドゥの行進
2010.03.22 Monday
「さぁ、アヤ、サドゥの行進がはじめるよ。外に出て!」
日課になったガンガー沿いの家にいると、スワミ・ジーが声を掛ける。 ちょうど、スワミ・ジーの家の前から行進ははじまる。 いよいよシヴァラトリ目前。町が、オレンジ色に染まる。 ![]() 高名なババは象に乗り、神輿に乗り、この日町中を練り歩く。 ![]() ![]() ![]() ![]() クンブメーラ 南アフリカからの巡礼者
2010.03.21 Sunday
スワミ・ジーの自宅に、南アフリカからやってきた家族が滞在していた。
年頃の美人4姉妹と夫婦。 インド系南アフリカ人で、家族との会話は英語だけど 英語を話さないインド人とはヒンディー語で会話をしていた。 何代も前から、南アフリカに移住したインド人の末裔なんだろう。 もちろん、ヒンドゥ教徒で、このクンブメーラに合わせて家族で巡礼にやってきた。 子供たちはそれぞれアメリカの医学部やその他大学に留学していて、 とにかく美人で可愛らしい4姉妹。 ここのママは「もう一人の娘」のごとく、私に接してくれた。 信仰深く、愛情に溢れる家族。 遠慮もいらず、無償の愛を分かち合うそのひとつひとつの言葉、 さりげない仕草、それを見ていると家族って大切なものなんだな、とひしひしと感じた。 他人様の家族の、愛情溢れる姿を見ているとなんだか泣けてきた。 自分の家族とはそんな結びつきがなかった、からではなく 死んでしまった両親が恋しいわけでもなく。 ただ、私はこの地球上で「自分の家族」というものを、持っていないことが寂しくなった。 どうしようもなく涙がこぼれてきて、それを見たパパが 「オー・マイ!どうした?アヤ。 まぁ、いいさ。ここは心を浄化するための場所だ。 そのために私たちはお互い遠くの国から来ているのだから。 うんと泣きなさい。心の中にあるもの、すべて吐き出しなさい。」 、、、、「なぜ泣く?」なんて聞かない。 南アフリカと日本。 遠くの国から、このインドにやってきてガンジス河沿いの家で出会う。 身内のごとく、当たり前のように接してくれるこの巡礼者たち。 きっと、、、私も巡礼者のひとりなんだ。 自分でもなんだかわからない内に浄化されるために ここにやって来たんだな、と改めて思った。 夕日が沈む、ガンガー沿いのベランダで、ママと娘が ひとつのブランケットにくるまり、ガーヤトリーマントラと唱えている。 死すべき者、不死なる者、神なる者の上に平和あれ わが瞑想は太陽神の最も輝ける光のため われらが知の力、神が掻き立て給わんことを 私の大好きなマントラのひとつだ。 その歌声と、美しい姿を見ている私は一種のトランス状態に陥る。 ふと我に返り、隣でその姿を眺めているパパに言う。 「あなたは、幸せだね。良き妻、そして良き娘に囲まれて」 「もうひとり、息子がいるよ。(今回仕事の都合で同行できなかった) ああ、本当に幸せだよ。幸せだ。神さまに感謝しているよ」 スワミ・ジーが呼び寄せた巡礼者たち。 私もその中のひとりでいられたことを、とても嬉しく思う。 クンブメーラ ガンガー・ジャル
2010.03.21 Sunday
聖なる河で沐浴するだけでは、なくて、その水を故郷に持ち帰る。
![]() 町にはポリタンクがいっぱり売られていた。 「水」と言うと、普通「パニー」と言うのだけれど、 ガンジス河や聖なる水は「ジャル」と呼ばれる。聖水。 ![]() この花神輿のようなものは、いったい何なんだろう? 担いでいる巡礼者をたくさん見かけた。 ある日の朝、宿の廊下に出てみると ![]() 花神輿だらけ。 隣の部屋のインド人が少し英語を話せるので、聞いてみると、 ガンガージャルを運ぶための道具だという。 ![]() 棒の両端に籠がついている。 この籠の中に聖水を汲んだポリタンクを入れ、運ぶそう。 ![]() さぁ、家に帰ろう。 大事なガンガー・ジャルを担いで。 ![]() 花神輿はバスの上に詰まれる。 巡礼者を待つ、家族の元へ。 クンブメーラ 町の様子
2010.03.21 Sunday
巡礼地だけあって、マーケットには「インド神さまグッズ」がたくさん。 ひしめき合うマーケットを歩いていても「ヘイ、ジャパニ!」なんて声を掛けてくる店員はいない。 それどころか、お店に入って商品を眺めていても こちらから声を掛けない限り、話しかけてこない。 バラナシとは大違いなのです。 「私、この町で嫌われているのでは??」と不安になるほど。 英語表記の看板も、少ない。 本当にインド人巡礼者の町なんだな。 この町で、私は何度も何度も「マダムはシッキム出身?」と尋ねられた。 シッキムとは、ダージリンのさらに山奥で、ネワール族やチベット族が 多く住んでいる地方です。 ![]() ババもお友達と、楽しくショッピング。 隣のマネキン人形、いくらなんでもパンツ穿きすぎです。 ATMボックスから出てきたババも見かけた。 ババも文明の利器・プラスティックカードを持っているのか?びっくり。 ![]() 一般巡礼者も楽しそうにショッピング。 「クンブメーラ2010」なんて書いてある布バックや帽子が売っていたり。 、、、、ちょっと恥ずかしいぞ。そんなの身に着けるの。 、、、、と、思っていたら、仲間とお揃いでそんな「観光グッズ」を 身に着けているインド人発見。 多分、遠くからはるばるやってきた、おのぼりさんなんだろうな。 ![]() 犬の散歩ではなくて、警察犬。 ここのお祭りの警備は厳重で、しっかりとしたシステムが整っている。 アラハバードのクンブメーラとは大違い。 、、、、でもちょっと太りすぎな警察犬。 ![]() サドゥのテント(宿泊所)の前で警備するおまわりさん。 火縄銃のような、旧式のライフルを背負っている。 その銃身の長さは遠くの獲物を捕らえるためのものではないか?といつも思う。 そして、、、このテントの警備ははじけ飛んで暴れだすサドゥをシバくための警備なのか? それともサドゥの安全を守るためのものなのか? どっちなんだろう?判断できず。 、、、、、きっと、両方。 クンブメーラ 巡礼
2010.03.21 Sunday
![]() 吐息も白い夜明前 巡礼者たちは吸い込まれるように マーター・ガンガー・ジー(母なるガンジス河)に向かう。 ![]() 2月のハルドワールはまだまだ寒い。 そして、雨。 ガンジス河の水も冷たいのだけれど、 12年に一度の祭りの期間、 この河で身を清めるために人々は集まる。 ![]() シヴァラトリの日が近づく。 日々、巡礼者たちが増えていく。 それと同時に、この町自体が発汗でもしているかのように 熱を帯び始める。 もうすぐ、オレンジ色に染まる。 クンブメーラ スワミ・ジーの家
2010.03.21 Sunday
昨晩もらった名刺を頼りにウロウロ人に道を聞きながらスワミ・ジーの家に到着。
ハルドワールの駅から徒歩30分ほど。完全なローカルエリア。 ハルドワール自体がどちらかというと「インド人巡礼者」の町で、お店で英語が通じないことも。 外国人は、その先のリシュケシュに向かう。 たどり着いた自宅は本当に庶民の暮らすエリア。 「おお、よく来た。さぁあがれ」 ちょうど朝ごはんの時間だったらしく、Uちゃんとインド人家族が一緒にご飯を食べていた。 昨晩、「南アフリカのファミリーが滞在している」と言っていたので 私はてっきりブラック・南アフリカーナか、オランダ系ホワイト・南アフリカーナの家族、 と思っていたら、インド系南アフリカーナの家族だった。 そういえば、ガンジーも若かりしころ南アフリカで弁護士をしていたんだっけ。 パパとママ、娘さん4人でこのクンブメーラのために訪れたそう。 ここのスワミ・ジーが、南アフリカを訪問したときに出会ったんだって。 さて、このスワミ・ジーの家はガンジス河沿いにあって、 なんと、小さいながらもプライベートガートを持っている!! 特別な日には、ここで沐浴するんだよ、と。 ![]() 聞こえてくるのはガンジス河が奏でる水音と風の囁き。そして太陽のこぼれび。 向こう岸にはサドゥ用のテントが設置されていて、朝晩と沐浴風景を見ることができる。 ひと目でこの場所が大好きになってしまった私。 ここで瞑想できたらどんなに気持ちいいだろう!! だって、プライベートガート。誰にも邪魔されることもなく、 ガンジス河のほとりでひとりっきりになれるなんて!! 「瞑想しにおいで。毎日だってかまわないから」 自分と出会う人は神さまを慕う人、瞑想する人が当たり前、、、、のように さりげなくスワミ・ジーは言う。 結局その言葉に甘えて、これ以降のハルドワール滞在中は、 朝、ラーマクリシュナミッションに行って瞑想、 そのあとにスワミ・ジーの家に行ってガートで瞑想、 ご飯を食べさせてもらって、他の宿泊者の人たちと楽しく過ごす、、、、 アシュラムに宿泊しているがごとく、日々、瞑想。 スワミ・ジーが不在でも妹さんが「アヤ、来たの!瞑想する?それとも先にご飯?」なんていう、 仲間同然の扱いを受けることとなる。 ![]() 光と風とガンジスの流れと静寂。 すべてのものが完全に調和した場所。 私も深く自分自身の静寂の中に沈む。 クンブメーラ ハルドワールのラーマクリシュナミッション
2010.03.21 Sunday
デリーから戻った翌朝、ラーマクリシュナミッションを訪ねる。
ニューデリーのミッションと比べると、えらく大きい。 敷地内に病院もあるらしく、看護婦さんの姿もチラホラ。 アシュラム、と呼んだほうがいいかもしれない。 学校のような建物なんだけど、その中から出てくる出てくる、サドゥたちが! 普通、サドゥというとオレンジ色の法衣を身にまとっているのだけど、 ここには、ナガ・サドゥという、昔からのしきたり従ったサドゥがいっぱいいる。 ナガ・サドゥ。平たく言ってしまえば裸のサドゥ。 身に着けているものはほとんどなく、 腰巻、頭や首に巻く布、そして寒さをしのぐブランケット。 それが彼らの全衣装、、、、らしい。 このクンブメーラの期間、そんなサドゥたちの寝場所を提供している。 取り合えず勝手に敷地内を歩いてもいけないと思い、受付に行く。 外人が来ちゃったせいか、受付の人は私を事務局のお偉いさんのところへ連れて行ってくれる。 いや、ただ本堂で朝の瞑想をしたかっただけなのに、、、、 「デリーから、昨日来ました。ここにもミッションがあると聞いたので」 「デリーでなにか招待状は貰ってきたかな?」 「いいえ、ただ”この地にも施設があるよ”と教えてもらっただけなんです」 招待状がないと、施設には泊れないこと、いろいろと事前の手続きが必要なことを説明してもらう。 そりゃそうだ。これだけの大きな組織で、ふらっと来たよそ者に対して そんな融通をきいている余裕はあるはずない。クンブメーラの期間に。 「本堂は向こう側。今から朝のアラティ(礼拝)が始まる。 12時からプラサードだから食べていきなさい。 そして夕方6時からバジャンがある。言葉はわからないかもしれないけど、 是非参加するといいよ」 プラサードというのは神さまへのお供え物、そのお下がりのことを言う。 神さまへお供えした後、そのお供物を僧侶の方は召し上がるんだけど、 この場合、巡礼者に対する無料での食事のことを言う。 給食みたいなものだな。 ここの団体はいかなる宗教を持つ人でも、外国人でもすべての人間に 扉は開かれている。だから私のような無宗教の国からやってきた異邦人でも そのプラサードを頂けるってわけ。もちろん、カレー。 パジャンとは神さまを讃える歌のこと。 夕方の礼拝はパジャンも行われるらしい。 「国はどこ?シヴァラトリまでハルドワールにいるのか?」 「今までに(この組織の)どんな本を読んできたのか?」 ちょっとした面接みたいになって、今まで読んできた本のこと、 デリーに寄ると必ずデリーブランチで瞑想をさせてもらっていること、 そしてこのあと、カルカッタのドッキンネーショル(というお寺)に行くつもり、、、 と、いうことを伝える。 後から他の僧侶たちが集まってきて、その人たちに 「日本から、クンブメーラのために来たそうだ。この後カルカッタにも行くそうだ」 、、、、そんな内容のことをみんなに説明している。 「おお、そうか、そうか」とニコニコ。 インドの宗教団体を訪ねると、本当に誰もが嬉しそうに話しかけ、 なにかと親切にしてくれる。 敷地内でウロウロ迷っていると必ず「May I help you?」の言葉が掛かる。 さて、ここでも朝から瞑想をさせていただく。 正面にはラーマクリシュナ像。 日々、お召し代えをし、寒い日にはその像に向かってヒーターをつける。 、、、、今もなお、彼がこの場所で生きているかのように。 壁にはデリーブラインチと同様、彼の直弟子たちの写真、そして妻のホーリーマザー、 彼の名を世界に流布したヴィヴェーカーナンダの写真も。 瞑想のあと、この直弟子たちの写真を、ひとりづつ眺める。 この人たちは、なんて幸運だったのだろう。 あの時代、カルカッタのお寺で、じかに彼の言葉を聞き 心を震えさすことができたなんて。 時代は遠く流れ、極東の地で彼が話すベンガル語がわからずに 日本語訳としての本でしか彼を知ることができない私。 、、、、これが、なんとももどかしい。 帰り際、もう一度ラーマクリシュナ像に眼を向ける。 そこには生き生きとした、今にも動き出しそうなラーマクリシュナ像が「いた」。 瞬時に理解する。 人は肉体を離れると、宇宙の塵となる。 ミクロの、ナノの超微粒子の塵となって宇宙を漂う。 意識を持つその超微粒子は時空を超えて心から願う人々のもとに舞い降りる。 「その人を求める場所」「求める人」がいる元へ。 同じ瞬間に、たくさんの場所に、求める人々のために。 肉体を脱ぎ捨てるってことは三次元の限界を超えることなのかも。 だから「その人」を求める人たちは、「その人」が今もそこにいるかのように接し、 お供物をささげ、語りかける。 いや、「そこにいるかのように」ではなくて「そこに、いるから」だ。 なぜ、私はあの時代に生まれて彼の足元に額ずくことができなかったのだろう? それが私の大きな不満でもあり悲しいことでもあった。 その不満と悲しみが、私の中から消えていく。 そして清められた、その存在が舞い降りる場所(お寺)に身を置くことが どんなに重要か、も実感した。 、、、、日本に戻ったらもう少しお部屋を掃除しよう、、、、、、 その前に、昨日バスの中で知り合ったスワミ・ジーの家は このミッションから近いはず。 Uちゃんもいることだし、遊びに行くことにしよう。 クンブメーラ いったんデリーに戻る。
2010.03.20 Saturday
寝台夜行列車に乗って、いったんデリーに戻る。
ホテルの部屋はそのままキープ。スタッフには「明日の夜には戻るから」と言って。 早朝、デリーに着いて帰りの列車のチケットを買おうとしたら、 7日後まで、チケットは取れないと言う。 エマージェンシーサービスを使って1等車のチケットさえも3日後。 ハルドワールの部屋は押さえてある、なのにハルドワールまでたどり着けない、という最悪の状況。 「どうにかならないかね?」と少々ごねてみたけど、無理。 「ローカルバスが30分間間隔で出ているから、バスで行けば?」とアドバイスを貰う。 12年に一度のお祭り。そりゃ簡単にチケットは取れるはずがない。 後から「予定通り」の日程で巡礼してきたインド人に聞くと 列車のチケットは1ヶ月前に押さえていたそうである。 この寒さの中、ローカルバスの夜行。一番避けたかったシチュエーション。 午前中に宝石商を訪ね、美しいルビーのルースと出会う。 太陽のような、オレンジと黄色の光を放つルビー。 ハルドワールの朝日を連想させる色。一緒にハルドワールで沐浴しよう、と心に決める。 午後に昔の上司と久々に再会。 1週間の予定でボンベイとデリーに出張だという。 昔も部長だったけど、今は転職して大きな会社の部長になっていた。 来年、インドへ転勤になるという。 「それって、栄転なんですか?それとも左遷?」 お前は昔から思ったことをなんでも口にするな。 ちっとも成長してねーな。 昔の上司から説教を食らう。インドで。 ここ何年も上司なんて人、私の人生に存在しなかったし、 説教垂れる人もいなかったので、それもなかなか新鮮だった。 でもここはニューデリー、インド。 最後に「がんばれよ」 (意訳:どーせまともな勤め人なんてできるはずがなかったんだから、まぁ、お前の道を歩め、がんばれよ) 、、、と、有難いお言葉をいただく。 夕方、ハルドワールに戻るべき、ローカルバスステーションに向かう。 インドのローカルバス。 知っている人は知っていると思うけど、幅狭な、2,3の座席の、あのバス。 もちろん、暖房なんてものはないし、詰め込めるだけ人を詰め込むバス。 6時間でハルドワールに到着するという。 (でも結局雨降るハルドワールに8時間以上掛けて到着するはめになる) 乗りたくないけど、乗らなくりゃ、、、、ステップを上がったそのとき オレンジ色の、サドゥの衣装を着た一人のインド人と目が合う。 「隣の席、空いているから座りなさい」と。 出家して20年になるこのスワミ・ジー。 ハルドワール出身で、自宅を巡礼者に提供しているという。 私のホテル、シバラトリの前後3日間は宿代が5倍になっちゃうんだよ、と言うと、 「神さまに会うために遠くからやってきた巡礼者に、そんなことするなんて!」と憤慨する。 しょうがない、ホテル側にとってみれば「12年に一度の稼ぎ時」なんだから。 あいにくスワミ・ジーの家は巡礼者の予約がいっぱいで泊めてあげたいけど、それができない、、、と言う。 今日は既に南アフリカからの巡礼者、明日はインド人巡礼者が宿泊するそうで。 「ところで、どの宗派の信者なんだ?あなたは。」 なんの神さまを信仰しているのだ?と当たり前のように聞いてくる。 外国人が、わざわざクンブメーラに行くなんて、信仰を持っているのは当然だ、と言う風に。 「ラーマクリシュナです」と思わず答える。 スワミ・ジーの家の近くに、ラーマクリシュナ・ミッションがあると言う。 このミッションの僧侶で、知り合いがいるから明日ミッションの宿泊所に泊れるかどうか、 聞いてあげることもできるよ、と。 (でも結局、しかるべき紹介状や前もってのコンタクトがないと宿泊は不可。 そして3ヶ月以上の宿泊でないといけない、ことが判明する) 同じバスに日本人の女の子Uちゃんを発見。 リシュケシュに向かうそう。偶然にも彼女はベジタリアン。 スワミ・ジー、Uちゃんともにベジタリアン話で盛り上がる。 時刻はそろそろ夜の11時。 ハルドワールからさらに1時間掛けてリシュケシュに向かうUちゃんを 心配したスワミ・ジーは、「今晩はうちに泊りなさい。明日の朝まで一部屋空いているから」と。 なんともいい人なんである。 そしてわたしに、「明日、うちに遊びにおいで」と誘ってくれる。 住所と電話番号をもらい、明日訪ねることにする。 真夜中の雨降りしきるハルドワールにやっと到着。 もう、絶対、シバラトリが終わるまでこの地を離れない!と決心する。 ![]() パイロット・ババの簡易宿泊所もハルドワールに設置されていた。 多くの宗派、グルの簡易宿泊所(テントなんだけど)が空き地に設置。 インド中からサドゥや巡礼者が集まる。 そしてお金を持たないサドゥもいっぱいいるわけで、 祭りの期間は大きなテントが多数張られ、提供される。 クンブメーラがはじまった
2010.03.20 Saturday
私のインド入国と前後して、ハルドワールのクンブメーラが始まった。
緻密に星を読み、吉兆な日を選び開催される聖なるお祭り。 インド入国2日目にしてインドの洗礼、発熱・水下痢に当たってしまったその日は、 ちょうどインドで日食が観察できる日でもあった。 ![]() 「さぁ、溜め込んでいた汚いもの全部出し切って、旅を始めなさ〜い」 インドにそんなこと、言われたくない。でも、ここ2年間私が「溜め込んでいたもの」は、 相当な疲労困憊と怒りと困惑と不安があったことは確か。 クンブメーラが始まり、日食の起こったその日、関節痛を伴う高熱とお腹に残っているものは なにもありません、、、、そんな下しっ腹を抱えてウンウン唸る私。 旅の連れ・妹子は嘔吐までしている。 とんだ旅の始まりであって、このあと3週間、英語の話せない・個人旅行初めての妹子を連れて、、、 というかフォローして旅なんか続けられるのだろうか?という不安に襲われる。 でも結局オンナは強い。妹子はこの3週間の間に野グソをし、手鼻をし、うんこもらしながらも旅を続けた。 ーーーそこまでインドに適応しなくともいいのだけれどーーーーーー 妹子は、「絶対行きたい」と言っていたタジマハールを観光して 「他人の墓みているより、そこらへんのインド人見ていたほうがよっぽどおもしろいよねっ!」 なんて、ツウな感想を述べるまでに成長した。 なんなんだ、こいつ。ばっちり同じDNA持っているんじゃないか。 生まれて初めて「血の繋がり」ってものを感じた。この妹子に。 そんな妹子を無事、帰国便に乗せ、翌日クンブメーラの会場であるハルドワールへと出発する。 ![]() デリーから約200キロ。ヒマラヤの聖地、巡礼の地。 ここから1時間ほどバスで北に行くとヨガの聖地で有名なリシュケシュ。 ビートルズ、こんなところまでやってきたんだ、、、、、 この聖地はバラナシのようにガンガーで洗濯する人もいないし、 洗髪する人も食器を洗う人もいない。人や牛や犬の死体も流れていない。 水は澄み流れは速く、そして冷たい。 この街では肉魚卵を食べることはできない。そしてお酒も持ち込めない。 バラナシをカオスのような聖地だとすると、ここは整然とされた聖地。 ハリキバイリというメインのガートに入る手前で警官のボディチェックがある。 たばこ、ライターは持ち込めない。 持ち込めないのだけれど、エリア内でじーさんがうまそうにビリーを吸っていた。 ![]() 日の出前、シヴァの背中を見ながら巡礼者たちは沐浴の準備を始める。 ![]() 遠くからきた巡礼者たち。 「フォト!」と叫ばれて、写真撮影禁止なのか?と思ったら俺たちの写真を撮れ、という。 英語は通じない。 英語の話せない巡礼者たちがほとんどだった。 インド人は寒くなると頭と頬を暖めるようにモンキーキャップやショールでカバーする。 でも足元は裸足のサンダル。 ![]() 朝日が昇る。 一斉に人々が沐浴をはじめる。 このために、このヒマラヤの麓にやってきた巡礼者。 祭りは始まったばかりだというのに、すでに看板は斜め。 ![]() 太陽は万人の上に降り注ぐ。 この美しい朝日をボーと眺めていたら、 「サドゥの服、あのオレンジは太陽の色だったのか」と今更気づく。 ![]() 河沿いには既に野宿組が多数。シヴァラトリの日が近づけば、もっと増えるのかな? ちょっとコケティッシュなドゥルガー女神。 実は旅の日程がとてもきつくて、シヴァラトリの前にこの地を去る予定で 5日後のデリー行きのチケットを押さえてあった。 デリーでは宝石商人と打ち合わせ、そして昔の会社の上司が 出張でデリーで会う約束をしていた。 シヴァラトリの日は、カルカッタのお寺の24時間プジャを見て過ごそう、、、 そう思っていたのだけど、やっぱりこの地でシヴァラトリを過ごしたくなった。 一旦、デリーに戻って用事を済ませて戻ってこよう。 その「戻ってこよう」が簡単でないことが、デリーで判明する。 そして、、、素晴らしいシヴァラトリの日を過ごすことになる、人々との出会いが始まる。 |






























































































