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ポンディシェリーにて
2010.02.28 Sunday
昔のフランス植民地、ポンディシェリー。
今日と明日はホーリーというヒンドゥのお祭りなんだけど、 ここはホーリーのホの字もなく静まりかえってます。 ベトナムの、どこかの一都市に来たような、 フランス色の残る町。 さて、南インドに下りてくると、人の顔つきが変わることにびっくり。 全体的に小柄だし、女性もそれほど太っていない。 丸顔で鼻もそんなに高くなく(それでも高いけど)、 頭が禿げて、めがねを掛けているおじさんがみんなガンジーに見えてきてしまう。 ヒンディ語まなりの英語にはなれているはずだけど、 ここ南インドの英語は聞き取ることが難しい。 何度も聞き返して、怒られる、、、、、 旅人一年生状態な私です。 明日はインド最南端に向けて20時間移動です。 それでは。 南インド、南下中
2010.02.26 Friday
列車とバスの移動合計時間31時間なり。
やっとマドラスに到着して、ポンデシェリという街に着きました。 いい歳をしてこんな移動をするべきではない、と痛感。本当に。 南インドは、ベンガルよりも、人がさらに穏やかです。 移動疲れで頭が回りませんので、今日はこのへんで。 安否のご報告まで。 カルカッタから南下、プリー
2010.02.22 Monday
新しい街に到着すると、いつも思うのが、今日から一緒にご飯を食べてくれる人がいなくなっちゃって、
新しい出会い−−−が訪れるまでどうしても「ひとりご飯」をすることが多くなる。さすがにひとり夕ご飯が続くと少し、寂しさも感じる。 さて、カルカッタではどうなるのだろう? デリーからカルカッタまで、同じ車両に外国人の姿はなく 前回宿泊した某ゲストハウスにチェックイン。 シャワーも浴びて外出しようとすると私を呼び止める声がする。 ハテ?カルカッタには友達は来ていないはずなんだけど、、、、、、 私を呼び止めたのは、夜行列車の中で同じコンパートメントだったバングラディッシュの家族たちだった。 パパ、ママ、と20歳前後の娘さん、そして9歳の弟。 列車の中で、会話を試そうと思ったのだけど、この家族、いまいち話に乗ってこない。 「ご飯がくるよ」「シーツはここ」など、世話してくれるのだけれど積極的な会話はなし。 どうやら外国人(私)とどうやって接していいのか分からない模様。 家族同士の会話も途切れがちになってしまったので、遠慮して アッパーベッドに上がって、そのまま寝てしまう。 そんなバングラディッシュ家族はなんと私と同じ宿に宿泊していた。 「2度会えばもう友達」そんなことわざがあるのかないのか知らないけど 旧友に再会したように、やたらとフレンドリーに接してくる。 「今晩、夕ご飯を一緒に食べよう」そのお誘いから始まって 結局一緒に観光したり、家族の友達のバングラディッシュ人と話をしたり ママからはピアスのプレゼントをされたり 私はインドにいるはずなのに、なぜかバングラディッシュ人に囲まれた カルカッタの2日間。 出発の日、私の列車は夜の22時でゲストハウスのチェックアウトは12時。 「宿代を払うのは勿体ないよ。荷物は僕たちの部屋で預かってあげるから。」とありがたい申し出を受ける。 早朝からお寺で瞑想し、12時ぎりぎりに宿に戻りシャワーも浴びずにチェックアウト。 部屋を訪ね、荷物を置かせてもらおうとすると、、、、 「さあさあ、子供たちの部屋を使って、夜までゆっくりしてきなさい」 (この家族は二部屋を取っていて子供たちの部屋にはベッドが3つある) すでにホテルのマネージャーにも話は通してあるので、 好きなように部屋を使ってよし。自分たちも外出しちゃうことがあるので 鍵はフロントに預けておいてくれればいいから。 なにか問題あったら、すぐに携帯に電話を入れるように。 ここのマネージャーとは昔からの付き合いだから大丈夫。 知らない間に全てのお膳立ては済んでいる。 そんな訳で好意をありがたく受けましてバングラディッシュ人家族のお部屋で居候。 シャワーも浴びてなかったし、夜までどうやってすごそうか?と考えていたので、とても嬉しい申し出。 別れ際、 「私たちはバングラディッシュの叔父さんと叔母さん。今度はバングラディッシュにいらっしゃい。絶対いらっしゃい。」 ママからはニューマッケットで購入したであろうお財布とバングラディッシュのコイン、パパからはカレンダー、娘さんからはバングルを頂く。 なぜか濃密なバングラディッシュコネクションの中にすっかりと浸かった2日間。 うん、いつか、バングラディッシュに、この家族を尋ねていくのもいいな。 ベンガル人のやさしさ、そして穏やかな光を感じた2日間でした。 カルカッタ、ドッキンネーショル
2010.02.20 Saturday
デリーから18時間掛けてカルカッタに到着。ここはベンガル。
今回、カルカッタ訪問の目的はただひとつ。 ドッキンネーショルというお寺とベルールマトというラーマクリシュナミッションの本部へ行くこと。 ハルラー駅に着いた瞬間ベンガルのねっとりとした空気が体を包む。 私はこのベンガル地方の穏やかな光と(排気ガスはすごいけど)なんともいえない心地の良い空気が大好き。 古きよきイギリス植民地時代の面影が色濃く残る街。カルカッタ。 何処に宿を取ろうかな??列車を降りたときは色々と考えていたのだけど タクシードライバーに行き先を聞かれると思わず 「ドッキンネーショルまで」と口から出てしまう。 ラーマクリシュナが生涯のほとんどをすごしたお寺。ドッキンネーショル。 そのお寺は、、、私にとっての本当の聖地のような場所。 キリスト教徒がエルサレムに巡礼するがごとく、 仏教徒がブッダガヤを初めとする聖地に訪れるがごとく、 ムスリムがマッカ巡礼をするがごとく。 今までたくさんの本を読んできた。その本の中の、あの場所に行ける自分。 行けるだけの飛行機代と時間を与えられたことに感謝。 とても大きなお寺でそのガンガー沿いの隅のほうに、 ラーマクリシュナのお部屋はあった。 この、小さな質素な部屋に、若かりしころの弟子が集い、 ヴィヴェーカーナンダに涙しながら再び尋ねるように言い、 歌い、踊り、語り、「M」がその言葉を日々記録し、世に出した。 「とても質素な部屋」とは聞いていたのだけど、 本当の本当に、私の心を捉えた書物の出来事が、全て、ここで起こったんだ。 感動で涙がポロポロ、、、、そうなるだろうと想像していたのだけど、 予想に反した言葉が私の外側からやってくる。 「どんなときでもその心の中に信仰心を持ち続けること。 その心の中の輝きを生涯保ち続けること。 一時たりともその光から離れないこと。 聖なる土地を巡るよりも遠い場所のどこかへいくよりも、 それがなによりも大事なこと。」 何年も掛けてたどりついた聖地でそんな言葉を聞くのは予想外だった。 わかりました。約束します。 この光から離れないこと。 私にとって、この地球上でもっとも聖なる場所で この光を生涯保ち続けることを言葉を発した存在に、私自身に約束する。 がむしゃらに、「有名な聖地」「誰かにとっての聖地」を訪れる必要はないのかもしれない。 なんか、今回の旅で聖地巡礼だとか言って、色々な場所に 「絶対に行かないと」と少しだけ気張っていた自分に気付く。 翌日ベルールマトを訪ねる。 本部なんだから当たり前なんだけど、とても大きな敷地。 ここにあるラーマクリシュナ博物館は本当の本当に必見です。 本人の使用した食器、靴、衣服、、、、などが展示されていて、 本の中でしか知りえなかったその人が、本当の本当に、この世に生まれ、 生きていた−−−−私たちと同じように−−− そのことを、いまさらながら実感する。 そして、同じ地球に、国は違うのだけれど、遅ればせながら生まれてきて 舞台のスケールはまったく比べ物にならないほどの大きさだけど、 人として学び、涙し、笑い、生きる目的を手探りで探し続ける、 そんな機会が与えられたことに深く感謝する。 さて、私の今回の大きな3つの目的のふたつ、 クンブメーラに行くこと。 ドッキンネーショルに行くこと。 この二つは達成されました。 残る1つこれからもっともっと南下していく予定です。 本日カルカッタから南下して只今、オリッサ地方プリーにてブログを書いています。 読んでくださっている皆様、寒い日本に居られると思います。 私は汗だくでこのブログを書いています。 爪が真っ白く見えるほど、日焼けしています。 イッちゃった人の話
2010.02.17 Wednesday
旅友達とご飯を食べていたときのこと。
一人の身なりのよろしくないインド人が旅友達に突然話しかけてきた。 なぜか途中で、会話がドイツ語となる。 私には少しの単語しか聞き取れない。 どうやら「私は○○で、、、、」と自己紹介をしだして いくつかの地名と「アメリカ、アメリカ」という言葉だけは聞き取れた。 旅友達はその都度「ワオ、それはすごいな」と相槌を打っているのだけど、 目で「こいつ、やばいぞ」と私にアイコンタクトを送ってくる。 突然、レストランの従業員が、そのインド人に食ってかかる。 「無理に話に付き合わなくてもいいから。嫌なら追い出すからね」 、、、、どうやらお店の人にとっても「お客さま」ではないらしい、このインド人。 「いや、僕はまったく構わないよ、会話を楽しんでいる」 この旅友達、いい人である。紳士である。 15分ほど、一方的なドイツ会話が済んでインド人は去って行く。 「あの人、インド人なの?ドイツ語話していたよね。」 「ああ、びっくりだよ。完璧なドイツ語だ。でも、話はクレイジー」 その会話の内容とは、 自分はケララ出身で、若いときにオーストリアで法律の仕事をしていた。今は路上生活をしている。でも先日アメリカ大統領から招待を受けて、アメリカに行く。航空チケットも送ってくれるので、それを待っているんだ、、、、 たしかに「ワオ、それはすごいな」の話である。それが本当なら。 「でも、なんであなたがオーストリア人だってわかったの?」 「多分、僕達の会話を聞いていて、ドイツ語なまりの英語だったから、わかったんだと思う。完璧なドイツ語だったよ。 だからオーストリアで住んでいたのは本当のことだと思う。 でも、、、、、きっと彼の人生の途中で 何か が起こったんだろうね、、、、、」 ケララ出身で、若かりしころにオーストリアで法律の仕事についていて、完璧なドイツ語を話し、ミスタープレジデント オブ アメリカから航空チケットが届くのを待っている路上生活者のインド人。 彼の人生でいったいなにが起こったのだろう? sometime,something happen(ときどき、なにかが起こる) それが人生というものなんだけど、その結末はあまりにも悲しすぎる。 そして、私には想像もできないようなことが、彼の人生において起こったのは確か。 でも、それは、私にも起こるかもしれないこと。 人生の恐ろしさというものを間近に接して、この日は本当に眠ることができなかった。 今晩もデリーの青空の下で、チケットが届くのを待っているのかな? そして、ドイツ語なまりの英語を耳にすると話しかけて、 同じストーリーを、ジャーマンスピーカーに話しかけているんだと思う。 「本当に、アメリカ大統領から、チケットが届くといいのに、、、」 そんなことは絶対に起こらないとわかっていても、 なんだか願わずにはいられない私。 死ぬかと思った話
2010.02.17 Wednesday
今回、インドにきて驚いたのは、インターネットをするのにも
パスポート提示が必要で、宿帳のようなノートに名前、パスポート番号を書き込み、 パスポートのコピーまで取られること。 もちろんホテルのチェックインの際もパスポートのコピーを取られる。 「コピーしてくるのでパスポートを預かります」 インドで一度自分の手から離れたものは二度と帰ってこない大原則があるので、このシステムにとても違和感を覚える。 出し入れすればするほど紛失の確立は上がるわけで、 両替、航空券の購入以外はできるだけパスポートはお腹の マネーベルトの中にしまっておきたい、、、、、しまっておきたいのだけど、 やっちゃったのよ!パスポート紛失!! さぁ、宿をチェックアウトしようと、最後の確認でマネーベルトを 触ったら、なんだか薄い。、、、、、 パスポートだけが消えている、、、、、 航空チケットもクレジットカードもある。 でも、パスポートだけがない!! もちろん、あせる。昨日の夜にはマネーベルトの中に存在していた。 とにかく、今朝から歩いていた場所、立ち寄ったお店に一軒一軒尋ねて周る。 朝の8時にはお寺に行って瞑想していたので、お寺にも寄ってみる。 あいにく今日は特別なセレモニーがあって人でいっぱい。 今すぐに探すことはできないので、今日の夜か明日、来てほしい、とのこと。 まずいぞ、相当まずい。今日の夜にはカルカッタに向けて出発なのに。 「パスポートを亡くした」そんなこと、誰にも言えないよ、、、、 そういえば昨日の夜、旅人友達と夕ご飯を食べたな。 そのレストランにも行ってみる。 ちょうと、一緒にご飯を食べた旅友がお昼ごはんを食べていた。 「ハイ、アヤ。元気?」 「I am not fine.実はね、パスポート失くしちゃったのよ」 「oh,aya,,,,F○○○ing !!」 、、、こういうときも、F四文字を使うんだ。なるほど 昨日チケットを買ったときはパスポートはあったこと、 さっきチェックアウトしようとしたらなくなっていたこと、 詳細を話しているうちになんだか自分のアホさかげんが可笑しくなって、笑いがこみ上げてくる。 oh,aya,,,,F○○○ing !!を連呼しながら友達も大笑いしている。 「ま、パスポートがなくったってインドにはいられるわけだしさ。 ヒマラヤの山奥の村にいれば警察もこないし、シャンティシャンティさ」 「で、私、一生インドで生きるわけね。悪くはないかも。ハハハ」 「それかさ、貨物として日本に帰ればいい」 「コンテナの中で数ヶ月過ごすの?つらいな。」 「じゃ、アヤをパーセル(小包扱い)で白い布に包んで送ってあげる。発送料金くらいはぼくが払ってあげるから」 「フェデックスで送ってもらえると助かるな。3日で日本に着くし」 「いや、DHLのほうがお勧めだよ。ハハハ」 こんなとき、バカ話をして笑い飛ばしてくれる友達がいてくれて助かる。 「とにかく、今日のカルカッタ行きのチケットをキャンセルしてきなよ」 しかし、パスポートの本人確認がないと、キャンセルさえもできないのである。 本当に紛失してしまったら、家族に連絡取らないといけないし でも、パスポートがないと、インターネットカフェでメールも送れない。 両替だってできないのである。 「メールだったらさ、一緒にネット屋に行ってあげる。僕のパスポートで、2人で1台使うことにすればいいし。」 「一時帰国証明書をもらうにも時間がかかるでしょ?現金は持ってる?」 一緒にバカ笑いをしてくれた挙句に親切な申し出ありがとう。。。 本当に本当に。パスポートって絶対なくしちゃいけないものなのだ、と痛感する。 「昨日の夜、インターネットしたって言ってたよね。お店に行ってみなよ。」 そういえば、ネットしてたな。どこのお店か覚えていない。 迷路のような小道を探しまくって、やっと昨日のお店がみつかる。 すると、、、、 あった!私のパスポート!! 単にお店の人がコピーを取ったまま、私に渡すを忘れちゃったのである。 私も返してもらったつもりで店をでちゃったのである。 本当に、本当に危険だ。旅が終わっちゃうどころかネパールの 仕入れに行けなくなるところだった。 インドを旅する皆さん。 インターネット屋は「たまたま通りすがった店」ではなく、 宿の近くの、いつも決まったお店を使いましょうね。 そして、頻繁にパスポートの確認を。 ルビーリングリクエスト者へご連絡
2010.02.17 Wednesday
ブログにて失礼します。
ご相談したいことがあり、よろしければ、この記事のコメントに 連絡先メールアドレスをいただけませんでしょうか? 前回いただいたコメントと同様に非公開にて私だけが閲覧できます。 勝手なお願いで申し訳ありませんがよろしくお願いします。 祭りのあと。ただいまデリー
2010.02.15 Monday
昨晩遅くにデリーに戻ってきました。
ハリドワールは、バラナシと比べるととてもきれいに保たれた聖地。 河でウンコする人も、洗濯する人も、洗髪する人もいない。 牛の死骸も流れてこないし、野焼きもしてない。 毎日のようにガートに行っていたのだけど、 アシュラムの前を通ると「私たちのブリサート(お供物)です、どうぞ」と つぼの中の液体を手のひらに落としてくれる。 「さあ、飲んで」と言われてもちろん飲む。 ああ、これって甘い蜜かと思ってたけど、ただの水なんだ。 、、、、、、、ただの水、それはガンジス河の水、、、、、、、、 この日を境にあらゆるところで、お寺でアシュラムで川沿いでガンジス河の水を飲む私。 友達のためにミネラルウォーターのボトルにガンガーウォーターを汲んできたのだけど、 翌朝見たらボトルの水が減っている。 真夜中に妖精さんが来てこの聖なる水を飲んじゃったのかしら。 でも真夜中に喉が渇いて枕元の水を飲んだ記憶が、、、、 妖精さんではなく、私です。ガンガーウォターを飲んだのは! 、、、、200mlほど。 抵抗力が付くってすごいな。下痢ひとつしなくなった私の体。 シバラトリの日は沐浴もしたし、体の外から、内臓の中も、ガンガーウォーターに浸されて至福な私。 シバラトリの沐浴の光景は圧巻でした。 このクンブメーラの日々についてはいろいろと書きたいことがあるし、 写真もアップしたいのだけど、なんだかいっぱいなことがありすぎて 旅の途中から書くのは不可能。帰国してからゆっくり書きたいと思います。 ハリドワールで一緒にすごしてくれた人たち、本当にありがとう。 特に知り合ったばかりの一旅人の私にプライベートガートを提供してくれたスワミジー、 当たり前のように私を受け入れてくれた南アフリカのファミリー。 勝手のわからない私に懇切丁寧にいろいろ教えてくれたラーマクリシュアミッションのスワミジー 言葉が通じなくてもあなたからたくさんのことを学ばしてもらいました、裸のサドゥ 最大の敬意と感謝をささげます。 今回の聖地巡礼、三大目標の1つは無事に完了。 あさっての朝、2つ目の巡礼地カルカッタに到着します。 ハルドワールクンブメーラ
2010.02.06 Saturday
みなさまこんばんは。
あたまがわるくなったのではなく、ここのPCがかんじげんかんできないので すこしまぬけなぶんしょうになっています。 このブログにクンブメーラけんさくでたずねてくれるかたがおおいので げんちからクンブメーラじょうほうを。 やはり12にちのシヴァラトリがいちばんのスペシャルデイだそうです。 10にちだか11にちに、ビッグ ババがくるようで、 まちじゅうにポスターが。 ダラムシャラ(じゅんれいしゃかんいしゅくはくじょ)もじょじょにできあがってきていて、のぞいてみると、ババたちがひまそうにねてます。 ぜんかいのクンブメーラで、「リュックせおってダラムシャラをたづねたらしゅくはくさせてくれた」というひとがいるので、 やどがまんしつなら、ダラムシャラもいいかもしれません。 ただし、オンナノコひとりのばあいは、ちゅうい。ちゅういというかすすめないです。 えきをおりてひだりてにあるきだすとハリキパイリです。 アリキバイリちかくの、メインロードとガンガーのあいだに いくつものダラムシャラがあります。 おそらく12にちにむけてたくさんのひとがそこらへんのあきちで のじゅくするとおもうので、オトコノコならなにもかんがえずに いっしょにのじゅくしちゃうのもいいかも。 メインのガートにはいるてまえでボディチェックがあります。 タバコ、ライターはもちこめないので、やどにおいてきましょう。 そしてなんだかわからないせいふくをきたひとが「ガートのメンテナンスのために」といってきふをもとめてきます。50ルピーだそうです。 りょうしゅうしょもはっこうしてくれます。 わたしはあさひをみにいって、10ルピーしかもってませんといったら それはすくないよ、、、、と、あきれられた。 これ、わたしのあさのチャイだいなのよ、わたしてもいいけど チャイがのめなくなっちゃう、、、、といったらみのがしてくれた。 でも、けっきょくあした50ルピーはらうことになるでしょう。 にゅうじょうりょうだとおもえばいいか。 そんなわけで、みなさま、シヴァラトリでおあいしましょう。 もういちど、いいます。 あたまがわるいのではなくて、PCがかんじへんかんできないだけなんです。 しばらく移動が続きますので、、、
2010.02.04 Thursday
ただいまお昼の12時14分。3時の列車に乗って、ハルドワードに行ってきます。
しばらく移動と仕入れのお仕事が続きますので、 昨日、今日と続けてまとめてブログを書いています。 ちなみにここデリーのインターネットの値段は1時間約20円デス。 3週間が過ぎてとてもびっくりしたのが、2年前と比べてすべての物価が上がっていること。 たった2年前、150ルピー(約300円)のシングルルームが倍になっているし、 バラナシカントメント駅からベンガリートラ(安宿街)まで 20ルピー(40円)で行けたのが今では60ルピー(120円)もする。 今回は妹子が一緒だったので、「観光」しちゃったため、 頻繁に両替をしている自分にびっくりだった。 そして、、、、インド第三の公害とも言える携帯電話!! 着信音のボリュームはマックスで、「チャンチャラチャンチャラ」と ところ構わず着信音のヒンディーミュージックが垂れ流し。 もちろん、インド人、声もでかいので、会話の声もマックス!! 昼間なら我慢できるのだけど、これを深夜バスや寝台列車でやられるのでつらい。 ついでにダウンロードしたインドミュージックをイヤホーンなしで、 電車やバスの中で聞いて、一緒に歌っているインド人多数。 そうそう、先日の寝台列車での出来事。 夜も12時が来ようとしているのに、向かいの席のインド人一人が バックからラップトップのPCを取り出した。 なんか、イヤな予感がするな、、、、と思っていたら案の定、 PCに落としたインド映画を、隣の2人のインド人と見はじめた。 (この3人のインド人は知り合い同士ではなく、偶然隣の席に座った、赤の他人同士です) もちろん、イヤホーンをつけるとかそんなのはなしで、 ボリュームはマックス。列車シネマのレイトショーがはじまる、、、、 コメディーらしく(私もアッパーベッドから覗き見したけど、なにが面白いのかわからなかった) 3人のインド人は「この人生の中で一番面白い」といわんばかりに大爆笑。 周りの寝ていたインド人もなんだ、なんだ、と起きだしてみんなして大爆笑。 寝ている人に気を使うとか、今は深夜なんだから、、、、という心使いはまったくなし。 アッパーベッドから覗いている私に向かって、 「おい、降りてこいよ。この映画すっげー面白いぜ、アハハハ」いっちゃっている。 、、、インド式「幸せのおすそわけ」 「僕がハッピーなら君もハッピー。イヤ、ハッピーでないはずがない」という思考回路が大人になって(大人になっても?)完全に出来上がっちゃっているのです、、、 真夜中に、インド映画なんて見たくねーよ、、、、なんて思っている人が存在するなんて、思いもよらないんだろーな。 なぜかと言うと「僕がハッピーなら、、、回路」だから。 周りのインド人も誰も注意しないってところがすごい。 そして、何度も何度も車掌や警察官が見回りにくるのだけど、その人たちも一切注意しない。 「お客さま、静かにしていだだけますか?周りのお客さまは寝ております」 日本なら間違いなく車掌が飛んでくるだろうし、 速攻周りの人間が注意するんだけど。それが当たり前なんだけど。 それが人としてのマナーであり常識なんですけど。 here is India(ここは、インド) 今まで何度も何度もマントラのごとくこの言葉を心の中で唱えてきたのだけど、 やっぱり新たなるこの公害に慣れるには少し時間がかかりそうな私。 愛すること、許すこと、受け入れること
2010.02.04 Thursday
前回の旅日記にも記しましたが、只今滞在中のニューデリーの安宿街の端に
ラーマクリシュナミッションがあります。 ヒンドゥのお寺は大事なお寺ほど、異教徒が入ることができないのだけど、 このラーマクリシュナが祭られているミッションは 如何なる人種、如何なる宗教の人間もオッケーという 万人に開かれたミッションです。 私は一日に朝夕と、このミッションの本堂で1時間ほど瞑想をしています。 朝はビジネスマンが、仕事かばんを脇に置き出勤前にひと時の礼拝と瞑想をしています。 瞑想するたびに、いろいろな感情が沸いてくるし、気づきがある。 それを全て記すことは不可能なんだけど。 昨日、心の中に浮かんだこと。 人生って短い。 大いなる流れの中での人生80年なんて、本当に小さな「点」しかない。 そんな「ほんの瞬間」のために生まれてきた私たち。 それにどんな意味があるのだろう? 今朝、その疑問の答えが返ってきた。 「愛すること、許すこと、受け入れること」 この点のような人生の中で学ぶべきことはとてもシンプルなことなのかもしれない。 生身の身体に滞在していなければ、学べないこと。 学ぶチャンスを与えてくれた創造主に初めて感謝の気持ちがわいてきた。 もちろん、人によっては目的なんてさまざまなわけなんだけど。 「愛すること、許すこと、受け入れること」 その言葉は私にとって啓示のように心に響く。 、、、、そんなこと言っても毎日、吹っかけてくるインド人と戦って「受け入れ」ちゃぁいないんだけどね。 妹子、帰国
2010.02.03 Wednesday
それなりにこの国を楽しんだ妹子、本日帰国。
あと1週間はなんとかなりそうだけど、やっぱり24時間いつでも どこでもホットシャワーが浴びれて、お肉とお魚が食べることのできる 日本が恋しい模様。そりゃそうだ。 帰国2日前、妹子は屁をこくつもりがウンコを漏らしてしまう、、、 という三十ウン年生きてきて屈辱的な状態に陥いる。 最初から最後まで、お腹がゆるかった模様。 こんな身内の情けない話、誰にも言うことができないので、ブログに記すことにする。 、、、、もう、本当に止めましょう、くそ話、、、、、、 バラナシで、ゴールデンテンプルに行ってきた。 行ってきた、と言っても境内に入ることができても本堂には ノン ヒンドゥな私たちは入ることができない。 バラナシ自体がヒンドゥ教の人々にとって大切な聖地であるわけだけど、 このゴールデンテンプルは、そのバラナシの中心のお寺。 こんなにライフル銃を持ったポリス(アーミーか?)がたくさんいるお寺は見たことがない。 絶対、絶対に失うことのできないお寺。 過去に何度かテロの標的に遭っている。 ボディチェックも厳しく、手荷物は一切持ち込めないし、 マネーベルト(腹巻き式パスポート入れ)の中も全てチェック。 女性のボディチェックは女性のポリスが行うのだけど、 インド人女性巡礼者は思いっきり乳揉まれていた。 私たちも揉まれちゃうの?と心配したけど、外国人には、さすがにそこまではしなかった、、、、 でも、ふくよかな人だと乳モミの洗礼を受けてしまうかも。 サドゥやババでさえも、ボディチェックを受けているのにびっくり。 ちなみに外国人はゲートナンバー2からしか、入場できないです。 境内に入って、黄金の屋根をちょっと垣間見て見たい方、ゲート2を目指しましょう。 充分満喫したバラナシを離れ、12時間の夜行列車でデリーに向かう。 列車の中では車掌のチケットチェックの他、 ポリスが一人一人外国人の所に来て告知の紙を渡して目を通すように言う。 1.いかなる場合でも他人に国籍を教えない。 2.パスポート、お金、IDカードなどは絶対に身体から離さないように 3.どんなに親切そうな人間が飲み物食べ物を勧めても口にしてはいけない。 (3.は睡眠薬泥棒のことです。) そういえば、この列車、駅に止まるたびにライフルを持ったポリスが 外国人のいるコーチに見回りにくる。 そして、停車すると必ず駅構内から「チャイはいらんか?」「カレーはいらんか?」と地元の売り子が乗ってきて商売をするのだけど、 この列車は、インド国鉄職員の制服をきた売り子しかやってこない。 まぁ、なんて安全な路線なのかしら。バラナシ、デリー間。 、、、、、、じゃなくて、セキュリティが厳しいだけ、アクシデントが多い リスキーが路線だってことじゃないのよっ! 治安の面ではあまり守ってくれそうにないインドのポリスが ここまでするなんて、本当に被害多発の路線かのかも。 そんなわけで、「ひとり旅」が本日からはじまりました。 明日からハルドワールに行ってきます。 PS ルビーリングをリクエストしていただいたお客様。 質のよいルビーをたくさん見ることができるよう只今調整中です。 只今業者からの連絡待ちです。 個人アドレスはセキュリティ上、旅用アドレスには入っていないため ブログにて失礼いたします。 バラナシの続き
2010.02.01 Monday
昨日、マニカルカートに行って野焼きを見てきた。
いつもいつもこの光景を見ると、私もいつかこうなっちゃうんだ、 精一杯生きよう、できる限りのことをして行こう、と思う。 数年に一度、この光景を見ているのだけど、毎回毎回心を新たにする私。 初めて「人間の野焼き」を見た妹子は、その晩なかなか眠りに着くことができず、 「変なもの、連れて帰ってきちゃったかしら?」と不安な夜をすごしたそう。 翌朝、同じ宿に泊まる旅人が、「満月の晩はいつも寝付きが悪い。昨日も満月だったしね」と言っていた。 妹子よ、ヘンなもの連れて帰ったのではなく、きっと寝つきが悪かったのは、満月のせいよ。そういうことにしておこう。 満月の夜のプジャはとても美しかった。 何千年もの間、毎晩行われているプジャ。 ここがなんでもない土地であっても、これだけ厳粛に、大勢の人が集まって 祈りをささげていたら、「なにか」が生まれても おかしくはないだろう、、、と私は思う。 特別な場所が、人々によって守られ、そして未来へと続く。 インドの奥深さを実感する瞬間です。 |



